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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシックオーケストラが、朝・昼・夜で“微妙に”テンポを変えている理由は、脈拍にあった

文=篠崎靖男/指揮者

『ホテル・カリフォルニア』が聴きやすい理由

 この『ホテル・カリフォルニア』が、サイケデリックな内容でありながら、音楽自体はすんなりと聴く人の頭に入ってくる理由について、指揮者としてお話ししようと思います。

 まず、CDでもインターネットでもいいので、『ホテル・カリフォルニア』を聴いてみてください。そのとき、腕に指を置いて脈拍を取ってください。驚きませんか。皆さんに脈拍の速さに近いと思います。昨年公開され、話題になった映画『ボヘミアン・ラプソディ』(20世紀フォックス映画)で歌われていたクイーンの『ウィー・アー・ザ・チャンピオン』も同様ですが、実は脈拍に近いテンポの名曲は、クラシックやポップ音楽にかかわらず、多いのです。

 実は脈拍は、生まれる前から体の中でずっと刻みつけられているリズムです。その脈拍と同じテンポで演奏すれば、「観客にとって心地が良い」と言ったのは、モーツァルトと同じ18世紀にドイツで活躍した作曲家で、当時、君臨していた音楽好きのフリードリッヒ大王のフルート教師でもあったヨハン・ヨアヒム・クヴァンツです。彼は著書の中で明確に、「テンポを決める手段として脈拍が有効だ」と書いています。もちろん、すべての音楽のテンポが脈拍と同じというわけではなく、それよりも速くしたり、遅くしたりして、作曲家は変化をつけるわけです。

 聴衆の脈拍が遅い午前中のコンサートで行う演奏と、夜の活発な時間帯で、音楽のテンポを少しだけ変えることは演奏家の知恵なのですが、これも合点がいきます。いつ、どこで聴いても同じテンポのCDよりも、聴く時間に合わせて演奏されるライブコンサートのほうが演奏家と一体化してノリノリになるのは、こういう理由があるからだと思います。

 ちなみに、子どもの脈拍が速いのは広く知られている通りですが、そのためなのか、子どもの好きな曲はテンポが速いですね。成長すると、個人差はあるにせよ、世界中の大人は大体同じくらいの心拍数になっていくので、国境を越えてイーグルスやクイーン、そしてもちろん、クラシック音楽も楽しめるのでしょう。

 現在公開中の映画『天気の子』(東宝)の主題歌のひとつで、人気を博しているRADWIMPSの『グランドエスケープ』も、僕の脈拍とほとんど一緒です。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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