「妊娠を希望し、1年間性生活を行っているのに妊娠できない」という不妊症に悩むカップルは、6組に1組にもなる、という。現在、数十万カップルが不妊治療を受けており、生まれてくる赤ちゃんのうち約30人に1人が不妊治療の末に誕生しているという。子宝を授かるまでに、「ベンツ1台分」「マンション1戸分」の支出をしたというカップルもいらっしゃるという。
週2日以上の健常な性生活をしていれば、3カ月以内で約50%、6カ月以内で約70%、1年以内で約90%が自然妊娠可能であるというのが医学的見解だ。
不妊症のカップルが増えている大きな理由が、晩婚化とされる。女性は35歳、男性は40歳を過ぎるとそれぞれ卵子や精子の質が低下してくる。精子の数が多いほど妊娠しやすいと一般的には思われがちで、実際に禁欲をして精子をためるだけためたあとに、相手の女性の排卵期に射精して妊娠を成功させようと思っている男性もいらっしゃるようだが、専門家に言わせると、それは「NG」であるという。
受精力の強い精子は、精子の尾が活発に動き、前進力の強い精子で、禁欲により精のうや精管内に長くため込まれた精子はむしろその力が弱くなるので、セックスの回数を増やして少量でも元気のよい精子を女性の胎内に送り込むことこそが、生殖力をアップさせる秘訣であるという。
我々団塊の世代(1947~49年生まれ)は戦後のベビー・ブームに生まれた。戦争に負け、毎日の食料にも事欠き、「空腹」と闘っていた両親から生まれてきたのである。
「空腹」のときは生殖力が増強するのは、食料難に苦しむ南アジアやアフリカの一部の地域にたくさんの子どもたちがいることと関係しているという説もある。数十匹の雌を従えているオットセイの雄は、あまたの雌と交尾をする期間はほとんど絶食するという。
一方、運動不足と飽食のなかにどっぷり浸かっている、日本をはじめ先進国の人々のなかには、不妊症で悩むカップルが多い。食料・栄養が不足し、その個体の生命が危ぶまれるときは、子孫だけは残そうとする本能が働き、生殖力が強くなり子だくさんになるのかもしれない。
このところ、「空腹の効能」が以下のように続々と科学的に証明され、発表されている。
(1)Sirtuin遺伝子(長寿遺伝子)の活性化(2000年、米国マサチューセッツ工科大学のL.ギャラン教授)
(2)胃から、記憶を良くし、自律神経や心臓を強くする「グレリン」が分泌される。
(3)autophagy(自食作用=2016年、ノーベル生理学・医学賞を授与された大隅良典博士のご功績)。人体60兆個の細胞内の老廃物、古いタンパク質、病原体が分解・処理される。
我々は空腹の効能を、今一度しっかりと認識すべきかもしれない。
(文=石原結實/イシハラクリニック院長、医学博士)