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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

「仕事で自己実現、成長していこう」を掲げる会社が社員を壊す

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士
「仕事で自己実現、成長していこう」を掲げる会社が社員を壊すの画像1「Gettyimages」より

 自己実現というのは、現代人の心をくすぐる魅力的な響きをもつ言葉のようだ。

 語彙力が乏しいといわれる若者も、自己実現という言葉は知っている。それは、「仕事で自己実現しよう」というようなメッセージが世の中に溢れているし、キャリア教育でもそのことが強調されたりするせいだろう。

 だが、「仕事で自己実現」といったメッセージが求人の際の謳い文句のようになっているのは、どうも気になる。実際、自己実現とかやりがいを強調する企業には、労働に見合った賃金を払わず、サービス残業を強いるようなところが多いという指摘もある。

 そのような企業では、低賃金やサービス残業といった劣悪な労働条件にもかかわらず、なぜか不満をもつ従業員は少ない。むしろ多くの従業員が活き活きと働いていたりする。そこでは「仕事で自己実現しよう」「仕事は厳しいけど、それを通して成長していこう」というようなメッセージが研修や朝礼によって従業員の心に注入され、労働条件などにこだわるのは心の貧しい人間のすることだというように洗脳される。

成長志向につけ込まれる若者たち

「仕事で自己実現、成長していこう」を掲げる会社が社員を壊すの画像2『自己実現という罠 - 悪用される「内発的動機づけ」』(榎本博明/平凡社)

 こうしてみると、「自己実現」とか「やりがい」を強調する企業には警戒が必要といえる。
 
 だが、今の若者はキャリア教育の影響を受けて成長志向がやたら強い。そのため自己実現という言葉に魅力を感じており、そこを刺激されると弱い。

「大変かもしれないけど、成長できる仕事です」
「はじめのうちは辛いだろうけど、そこを我慢してがんばれば、大きく成長できるでしょう」

などと言われると、労働条件の劣悪さにもかかわらず、自分の成長のためと、がんばってしまう。

 高いノルマを掲げ、がんばって目標を達成しよう、困難な目標に向けてがんばり抜くことで潜在能力が引き出される、それこそが自己実現への道だ、などと説く経営者たち。そう言われて、疲れ切った心や身体を鞭打って、報われない仕事に邁進してしまう若者たち。なぜそんなことになるのかといえば、自己実現という言葉があまりに魅力的だからだ。

 ある20代後半の女性も、

「毎日、残業が夜の11時過ぎまであり、寝不足でフラフラです。土日も仕事に駆り出されることが多いし、休みのときも、会社の人からの問い合わせがしょっちゅうで落ち着きません」

と、過酷な労働状況を説明し、

「先日、あまりに体調が悪いので、病院に行ったんですけど、病院にいるときも仕事の電話がかかりまくりで……。仕事はやりがいがあるんですけど、ここまで忙しいと、身がもたないっていうか、最近ちょっと気力がなくなった感じで……」

と、苦しい胸の内を明かした。

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員教授、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした執筆、企業研修・教育講演等を行う。著書に『「やりたい仕事」病』『薄っぺらいのに自信満々な人』『かかわると面倒くさい人』『伸びる子どもは○○がすごい』『読書をする子は○○がすごい』『勉強できる子は○○がすごい』(以上、日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』『仕事で使える心理学』『心を強くするストレスマネジメント』(以上、日経文庫)、『他人を引きずりおろすのに必死な人』(SB新書)、『「上から目線」の構造<完全版>』(日経ビジネス人文庫)、『「おもてなし」という残酷社会』『思考停止という病理』(平凡社新書)など多数。
MP人間科学研究所 E-mail:mphuman@ae.auone-net.jp

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