近年、食品と金属の関係はあまり話題にされていませんが、中毒と思われるいくつかの問題が発生しています。
金属による危害は、イタイイタイ病に代表されるような無機金属化合物が原因のものと、メチル水銀のような有機金属化合物に分類されます。一般に日常の食生活で身近な金属のなかで摂取する機会があり、過剰に摂取することにより危害を生じる可能性のあるものが、有害性重金属といわれています。通常、行政が注意の対象としているものとしては、前回紹介したヒ素のほかに鉛、銅、スズ、亜鉛、水銀などがあります。
鉛
鉛の特徴は軟らかく、加工しやすい点にあります。すでに古代ローマ時代には水道管やワインの壺、器などに使用されていました。さらに鉛化合物は甘味があり、発酵に失敗したワイン(酢酸発酵:現在はワインビネガーとして製品となっています)になってしまったものに密陀僧(酸化鉛)を入れて味をごまかしたという記述(参考資料1)もあり、これにより貴族階級にいろいろな症状が出てローマ帝国が滅亡したという説もあります。鉛の水道管は日本でも使用されていた時期があり、表面に酸化皮膜ができるので、実際はどの程度が溶出したかはわかりません。
鉛は有害性金属のなかで蓄積性もあり、毒性が強いことから食品添加物や容器等に規格基準値が定められています。コーデックス規格としては穀類、野菜、果実、肉、魚等に含まれる鉛に関する最大基準値を設定しています。
近年、食品衛生法で違反となるものやコーデックスの規格を上回る結果は日本では見当たりません。鉛は蓄積性があるといわれていますが、尿や便から排泄されるため、排泄を上回る量を長期間摂取しないかぎり特に問題はないと考えます。
鉛中毒の典型的な症状としては、人格の変化、頭痛、感覚の消失、脱力、口の中の金属味、歩行協調障害、食欲減退、嘔吐、便秘、けいれん性の腹痛、骨や関節の痛み、高血圧、貧血などがあり、腎臓の損傷は、しばしば無症状のうちに発生するといわれています。
日本では食品ではありませんが、江戸時代には鉛を原料とした白粉(おしろい)が肌につきがよく、伸びも良いことから多く使われていました。特に将軍の乳母たちは鉛を含んだ白粉を使用しており、乳児は乳房を通してなめたようです。上流階級の子供は病弱で、腹痛や頭痛を抱え、食欲がなく、痙攣性の麻痺を訴える者すらいたなどといわれています。