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2023.03.06 11:30
2019.03.11 06:30
篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」
私が東日本大震災の被災地でベートーヴェン『第九』“歓喜の歌”を演奏、涙あふれた出来事
大船渡では、地元の合唱団の方々も参加してくれましたし、被災した方々も多く聴きに来てくださいました。そして、演奏会の最初に黙とうをささげた際には泣いていらっしゃった、被災した聴衆の方々が、『第九』を聴いた後は笑顔で帰って行かれたのです。僕は「音楽家になって良かった」と、心から思いました。
そんな僕に、大きなことを教えてくれる出会いがありました。終演後、地元の合唱団の代表の方が楽屋にご挨拶に来られたのですが、「今日はありがとうございました。篠崎さん、お体を大切にしてください。家族を大事に」と、何度もおっしゃられたのです。僕は人前にもかかわらず、涙があふれ出しました。
僕は少し間違えていました。音楽家として何かできないかという気持ちでここに来たのに、被災者の方から、心からの温かい言葉をかけていただきました。僕がかけようと思っていた言葉を、反対にかけていただいたのです。今回の『第九』は、演奏した方々も、聴かれた方々も、皆さんが被災者でした。なぜ彼らが『第九』を演奏するのかといえば、これからは笑顔で復興に向かって、自分たちの力で前に進みたいという気持ちだからなのです。そんなときに、僕ひとりが泣きながら『第九』、すなわち“歓喜の歌”を指揮してどうするんだと思わされました。
翌日、仙台市内の東北文化学園の体育館で、もう一度『第九』を演奏しました。僕もしっかりと前を向いて指揮をしました。70分以上かかる演奏中、ずっと泣いていた聴衆の方々が何人もいたと後で聞きましたが、終演後は皆さん笑顔で帰って行かれました。僕は音楽と、そして何よりも人間の力を深く理解しました。皆さんを音楽で力づけようとしたつもりが、多くのことを皆さんから与えていただいた時間でした。そして、僕の音楽に対する向き合い方が大きく変わった出来事でもありました。
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