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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

私が東日本大震災の被災地でベートーヴェン『第九』“歓喜の歌”を演奏、涙あふれた出来事

文=篠崎靖男/指揮者

 大船渡では、地元の合唱団の方々も参加してくれましたし、被災した方々も多く聴きに来てくださいました。そして、演奏会の最初に黙とうをささげた際には泣いていらっしゃった、被災した聴衆の方々が、『第九』を聴いた後は笑顔で帰って行かれたのです。僕は「音楽家になって良かった」と、心から思いました。

 そんな僕に、大きなことを教えてくれる出会いがありました。終演後、地元の合唱団の代表の方が楽屋にご挨拶に来られたのですが、「今日はありがとうございました。篠崎さん、お体を大切にしてください。家族を大事に」と、何度もおっしゃられたのです。僕は人前にもかかわらず、涙があふれ出しました。

 僕は少し間違えていました。音楽家として何かできないかという気持ちでここに来たのに、被災者の方から、心からの温かい言葉をかけていただきました。僕がかけようと思っていた言葉を、反対にかけていただいたのです。今回の『第九』は、演奏した方々も、聴かれた方々も、皆さんが被災者でした。なぜ彼らが『第九』を演奏するのかといえば、これからは笑顔で復興に向かって、自分たちの力で前に進みたいという気持ちだからなのです。そんなときに、僕ひとりが泣きながら『第九』、すなわち“歓喜の歌”を指揮してどうするんだと思わされました。

 翌日、仙台市内の東北文化学園の体育館で、もう一度『第九』を演奏しました。僕もしっかりと前を向いて指揮をしました。70分以上かかる演奏中、ずっと泣いていた聴衆の方々が何人もいたと後で聞きましたが、終演後は皆さん笑顔で帰って行かれました。僕は音楽と、そして何よりも人間の力を深く理解しました。皆さんを音楽で力づけようとしたつもりが、多くのことを皆さんから与えていただいた時間でした。そして、僕の音楽に対する向き合い方が大きく変わった出来事でもありました。

 最後になりますが、被災地の1日も早い復興をお祈りしております。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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