首脳会談のたび、共同会見でプーチン大統領を「ウラジーミル」とファーストネームで呼ぶパフォーマンスで親密ぶりを強調。一昨年夏頃からは最低でも歯舞・色丹の2島は返還されるかのごとき幻想をメディアに喧伝させた。G20でのプーチン会談で成果を見せて参院選での勝利に結びつけようと目論んだ。
しかし、開催前からプーチン大統領は「島に米軍が配備される懸念が払拭されていない」と交渉の見通しが暗いことを明かす。交渉直前には「領土返還の計画はない」と、もう身も蓋もない。政府も「期待させて駄目なら選挙に悪影響」と思ったのか、G20での前進報道にブレーキをかけた。
鳩山一郎には遠く及ばず
5月初め、文京区音羽にある鳩山記念館に足を運んだ。晩年、親米派の吉田茂らのさまざまな妨害に遭いながら、病躯をおしてモスクワへ行き粘り強い交渉で1956年10月の「日ソ共同宣言」にこぎつけた鳩山一郎元首相の邸宅である。当時のソ連は敗戦国日本にとって「恐ろしい国」。相手首脳をファーストネームなどで呼べなかっただろう。フルシチョフ第一書記は楽しみにしていた調印式には出られずブルガーニン首相に託した。
その頃、ソ連の「衛星国」ハンガリーで大動乱につながるソ連支配脱退の動きがあったからだ。会館に陳列されていた「フルシチョフは話しながら振り回して危なっかしくて仕方がないので取り上げた」と説明された大きなガラス製のペーパーナイフが印象的だったが、『鳩山一郎回顧録』によれば贈答品としてもらったようだ。
さて、自らの出世につながった北朝鮮拉致問題が進展せず、北方領土問題でカッコよく点数を稼ごうとした安倍首相。2016年暮れのプーチン大統領の来日時には大統領に旧島民の手紙を渡し、「大統領が真剣に読んだ」という美談を演出したが、手紙には「島を返してほしい」という言葉が皆無の不自然さ。猿芝居は官邸サイドと東京在住の旧島民、NHKが共謀して演出したことは根室の人たちも知っている(以前筆者が当サイトで指摘した)。
官邸サイドは最近「固有の領土」という文字を消したり、旧島民の決起大会では「領土を返せ」というシュプレヒコールや、鉢巻き・ゼッケンの装着をさせないなどして、ロシアに忖度してきた。安倍首相は恰好のよい演説を厚顔無恥にぶつ前に、彼らに謝罪すべきだ。
安倍首相は平和条約で名を残したいのだろうが、鳩山一郎には遠く及ばない。領土交渉を進展させたいのなら、少しましなパフォーマンスだけでもトランプ大統領に教えてもらうことだ。
(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)