大手新聞社、取材メモ捏造事件でトップ辞任!?
大都新聞社長の松野弥介が続けると、日亜社長の村尾倫郎が割って入った。
「松野さん、もう、それはいいじゃないですか。噂は噂ですからね」
「確かに、俺は富島君と親しいよ。でも、『正田君を道連れに辞め、後継を村尾君にしろ』なんて言ったことはない。『キーワードは3つのN、2つのSだ』とは言ったがな」
「え、それなんですか。3つのN、2つのSと言われてもわかりませんよ、社長」
刺身をつまみながら聞いていた、松野の部下で大都編集局長の北川常夫が身を乗り出して口を開いた時、格子戸が開いた。
最初は熱燗2本、4人分の御猪口(おちょこ)とグラス、梅干しの小皿を乗せたお盆だった。老女将はすぐに唐紙の外に出て、今度は焼酎のボトルとお湯割り用のポットを持ってきた。
「焼酎のお湯割りをお作りしますか」
「まだいいよ。飲むときは小山君が作るさ」
「それではよせ鍋の用意もしましょう」
老女将は部屋を下がると、すぐにコンロと土鍋、取り皿、灰汁取りお玉を入れた小壺を持ってきた。卓袱台を中央に置き、取り皿も並べた。最後は4人前のよせ鍋に入れる具を乗せた大皿2枚と、タレの入った白磁の汁次だった。
「よせ鍋はまだよろしいですね」
老女将は汁次からたれを土鍋に注ぎながら、松野の顔を窺った。
「よせ鍋も小山君と北川君にやってもらうから、火はつけないでいい。しばらくは話があるから、呼ぶまで下がっていていいよ」
松野の答えを聞いて、老女将は下がった。
●寝耳に水
「じゃあ、本題だ。小山君、もう一度、我々にビールを注いでくれ。村尾君は熱燗がいいなら、お酒にしろよ」
「ええ、僕は手酌でやります」
村尾が小山との間に置かれた徳利を取り上げた。松野が改まった調子で話し始めた。
「えへん、実はね、君たちが来る前、村尾君と話し合って、大都と日亜は来年4月1日に対等合併することで合意した。これからは合併後の媒体をどうするかといった課題を詰めるので、君たち2人で作業をしてもらいたいんだ」
「え、そんな話、まったく聞いていませんよ」
北川と小山は奇声を上げ、顔を見合わせた。
「それは当たり前だ。これまで2人だけで話していたんだから。でも、今日からは君たち2人もその話し合いに加わり、大事な仕事をしてもらう。発表までは秘密厳守だから、他の人間は使ってはいかん。記者としての能力は月並みだけど、事務処理能力には長けているほうだから、2人だけで詰めの作業をしてほしい」
目が点になったままの2人に対し、笑顔の松野がグラスを持つよう促した。それを見て、村尾は御猪口に手を伸ばした。
「来年4月の合併実現を祈念して乾杯!」
松野の発声で4人は再び杯を挙げた。
「社長、来年4月に合併する、だから、2人で詰めろ、と急に言われても、何から手をつけていいかわかりませんよ」
●1000万部の巨大新聞
グラスを置いた北川が松野にかみついた。
「まあ、待て。これから村尾君にもう少し説明させるから。君たちは刺身でもつまんでしばらく聞いていろ。村尾君、じゃ始めてくれ」
村尾は徳利を取り上げ、自分の御猪口に独酌すると、一息に杯をあおった。
「合併の狙いから説明しよう。業界を取りまく環境が悪化する中で、日本で断トツ部数の新聞をつくることだ。ネット新聞の発刊で大都さんもうちも部数が減り続けているが、減少トレンドに歯止めがかからなくても向こう10年は1000万部を維持できるし、国民新聞には絶対に抜かれない」
北川が身を乗り出したので、松野が小山に『ビール瓶を寄こせ』としぐさで示した。
「まあ、一杯飲んで落ち着け」
松野が北川と小山のグラスにビールを注ぎ、続けた。
「一杯飲んだら、そろそろ鍋を始めようや。それから、お湯割り作ってもらうか」
「小山君、コンロに火をつけてくれ。俺が鍋の準備をするから、君はお湯割りを作ってくれ。社長は梅干しを入れますよね」
脇の松野の顔色を窺いながら、ビールを飲み干すと、北川は鍋に具を入れ始めた。
「君たちは準備しながら、よく聞いていろよな。じゃあ、村尾君、続けてくれ」
日本酒党の村尾は徳利を取り、また手酌をしてぐいと一杯飲んだ。
「今、うちの部数は500万部、大都さんは700万部あるが、1つの新聞にすると、1200万部というわけにはいかない。併読している読者の部数が約50万部あるからな。まあ、その分が全部落ちても1150万部は残る計算だ。それから、新しい新聞も出す計画だから、その減少分は早晩取り戻せるとみている」
「村尾君、新しい新聞の前に、一緒にする方法を先に説明したほうがいいんじゃないか」