(「足成」より)
今回の番組:12月9日放送『ザ・ノンフィクション』(テーマ:ささやかな幸福論 ~新橋酔いどれ天使~)
前代未聞のオープニングだった。お馴染みの「生きて~る、生きている~」のテーマ曲に重なるのは、泥酔したおっさんたちの顔。「景気よかったら新橋いない。銀座行く。わっかるでしょー」と笑うスーツ姿の男性もいれば、黄色い厚手のジャンバーを着込み、地べたに座る「ホームレスほど仲がいいんですよ」と微笑む路上生活者の姿も。
黒バックに明朝体の文字で「それぞれの……人生に酔う」と格調高い雰囲気を出すが、これでは台無しだ。だからこそ最高!
放送時間中に、Twitterを見たら『東京都北区赤羽』(Bbmfマガジン)のマンガ家・清野とおるさんもチェックしてるぞ。さすが町の偉人変人を見つけるアンテナを持ってる人だ、この番組の“いい匂い”を感じ取ったんだろう。しかし今回の「ザ・ノンフィクション」、『ささやかな幸福論~新橋 酔いどれ天使~』は期待以上の怪作だった。
まず番組のコンセプトが凄かった。なんと新橋の飲み会の席でこれから「自宅に行っていいですか」と交渉し、一晩泊めてもらって、翌日の仕事も撮影させてもらう、というもの。なんだか企画モノAVみたいなノリで(僕はこれってカンパニー松尾監督の『私を女優にして下さい』みたいだな、と思った)、ディレクターは何人も話しかける。もちろん断る人も多いが、中には周囲の「やっちゃえー」も手伝って「来ちゃう? 本当に来ちゃう?」となってしまう。
設計事務所の社長、末竹さんはリーマンショックの影響をモロに受け、借金は9000万! 会社の壁には「感情より勘定」なんて張り紙があり、ため息をつくアップの映像がインサートされた。もう、この一発でこの人が置かれている状況が伝わって来てしまうのは、前日の夜に新橋で見せた「わっかるでしょー」とのテンションの落差が凄いから。
しかし末竹さんには頑張る理由があった。
それは家族。酔っぱらって帰って来て、幼い子どもを布団に入れようとして嫌がられようとも、それが嬉しいし、数時間しか寝ていない翌朝でも「行ってらっしゃーい」と言われれば力になる。僕は、赤ら顔で「起きてる時に帰ると怒られるので、寝るまで帰りません」と言っていた 末竹さんの切なさを思い、笑った。
続けて紹介されるのがホームレスの窪田さん。酒を勧められると、カメラ越しにディレクターの手が伸び、焼酎をあおるのが見える。いいなぁ、この距離感。自宅を撮影する、というコンセプトが二人目にして適用外となっているが、そんなことどうでもいい。社会のルールから外れた人を撮っているのだから。
このおやっさんに向けて流しのOちゃんが「リンゴの唄」を歌う。この番組、了解してくれた人に向けてテーマソングが流れるのだ。ディレクターの優しい視点を感じる なぁ。窪田さんは新橋で日銭を稼ぎ、仲間と公園の隅で飲み始める。
「ガード下で飲むサラリーマンは、段ボール敷いて飲む僕らをあんな所でって目で見るけど 金はあるんですよ」と一言。嘘か本当は分からないけど、路上からの視点の説得力はある。だらしない仲間にはきちんと叱り、信頼関係の大切さを教える。だが、そんな生活は長続きせず、体を壊し、入院。で、退院しても路上へ逆戻り。「大丈夫かよ、こんな生活で」と心配になったが、その後キャメラの前から姿を消してしまった。
北海道から上京して来た25歳の新婚野村さんの場合は、高校時代から付き合っていた奥さんと住む家にお邪魔し、会社に向かう彼を見送る。ここで、キャメラの視点が一変するのが面白かった。妻がディレクターに「バスタオルとかそのまま放りっぱなし」と愚痴をこぼせば、まるでそれを聞いていたかのように夫から「ごめん。バスタオルかけてないかも」というメールが届く。意思疎通がばっちりな所を証明してしまった恥ずかしさからか、すっぴん、パジャマ、メガネ姿で笑う彼女がとても可愛い。
広告代理店に務めるエリートサラリーマンは自宅に帰る際、奥さんに「これからご自宅にお伺いしたいとおっしゃっているんですけど」と非常にかしこまった言い方をしていた。どんな怖い人かと思えば、ナレーションの平泉成さんでさえ「べっぴんさんじゃないですか」と声を荒げる。パーカー姿で、決してキッチンから出ることはなくインタビューに答えるのが、なんかイイ。旦那がゲームに夢中になる姿を見ながら「飲んでタクシーに乗って散財するよりは」と笑うが、かつては週五 で飲んでいた彼が変わったのは、奥さんのお腹に赤ちゃんがいるからだった。
このように、取材対象者と関係性を構築してからではなく、酔いから始まり、プライベートを撮るという通常のドキュメンタリーではあり得ない手法を用いることで、『ささやかな幸福論』 はなんとも新鮮な番組となった。
締めくくりはフォークデュオ風の「ささやかなこの人生」だ。出会った酔っぱらいたちの「取材後」が写真構成でまとめられる。赤ん坊を抱くサラリーマン、借金を大幅に返済にした末竹さんなど、「まるで結婚式のビデオみたいだな」と暖かい気持ちで見ていたらホームレスの窪田さんは「現在も行方がわかっていません」とのこと……。
おい! そこは探さないとダメでしょうが! とツッコんだ。いくら『ザ・ノンフィクション』はポジティブソングで締めるのがお約束とはいえ、かつて一緒に飲んだ(でも今は誰もいない)公園や段ボールに座る野良猫で「いい感じ」に演出するのはいかがなものかと思う。
とはいえ、最後の最後に放送事故のような苦い思いにさせてさせてくれる『ザ・ノンフィクション』は、すごいなぁと思わずにはいられなかった。この日は、起きてからずっとパジャマでいたけど、これでやっと外に出る気力が出た。窪田さんのことを思うとそうも言ってられないんだけど。うーん……こんな苦々しさも含めて『ザ・ノン フィクション』だな。
(文=松江哲明/映画監督)
●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都生まれ。映画監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。ほかの作品に『童貞。 をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)など。また『ライブテープ』(09)は、第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門で作品賞。