黒田東彦総裁は「物価の基調」の改善を強調するものの、米国の利上げの後ずれ観測や中国経済の減速で、世界経済の不透明感は高まる。黒田総裁がいくら虚勢を張ったところで、現在の「2016年度前半に2%の物価上昇目標」という枠組みを維持するならば、追加緩和に動かざるを得ない。
ただ、緩和余地を疑問視する見方も少なくないほか、追加緩和による円安の副作用を懸念する声も聞こえてくる。次の一手を出すに出せないジレンマに、黒田日銀は陥っている。
今月7日の金融政策決定会合後の記者会見で、黒田総裁はこれまで通り強気を貫いた。一部ではサプライズでの政策変更があるのではとの観測も広まったが、ふたを開けてみれば現状維持。景気判断も修正せず、「物価の基調は着実に改善している」と従来以上に突っ張った印象が強い会見になった。
確かに、日銀が新たにインフレ指標に使い始めた消費者物価指数である新コアCPI(除く生鮮食品、エネルギー)は、8月は前年同月比1.1%増。プラス幅は前月に比べて拡大している。
また、スーパーで販売されている品目から試算した物価指数を日々公表している東大日次物価指数も9月初旬以降、前年比プラス1.5%前後で推移している。黒田総裁は「企業の価格設定行動が昨年と様変わりして、価格引き上げが続いている」と強調する。
日銀にすれば、エネルギー価格が消費者物価に与える影響を除けば消費者物価も悲観する状況でなく、企業の価格引き上げの動きも順調に推移しており、政策変更は必要ないとの理屈なのだろう。
追加緩和観測
それでも専門家の多くは緩和予測を崩さない。米通信社ブルームバーグが9月29日から10月2日にかけて日本のエコノミスト36人を対象にした調査で、10月中の緩和予想は計17人(47.2%)と前回調査(10月までの緩和予想37.1%)から大幅に増加している。
1年前も黒田総裁は「予想物価上昇率は高まっている」「循環メカニズムはしっかり維持されている」と強調しながら突如、政策変更に動いたことを踏まえれば、市場は黒田総裁の発言を額面通りには受け取らなくても不思議でない。すでに市場は追加緩和を織り込んでおり、緩和を見送れば円高株安になり、個人消費を下押ししかねないとの見方が支配的だ。
実際、「物価の基調」も改善しているかは疑問符がつく。判断材料のデータの取捨があまりにも恣意的だからだ。日銀が物価の基調改善の指標に使い始めた新コアCPIは、前触れもなく今夏に登場。2%目標を打ち出したときに指標にしていたコアCPI(除く生鮮食品)は2年4カ月ぶりにマイナスになり、10月末の「展望レポート」での物価見通しの修正は避けられない状態だ。