その人物とはルイジアナ州知事と連邦上院議員を務めたヒューイ・ロングである。貧しい家庭で育ち、大企業と金融資本を敵とみなしたロングは、1928年に知事に当選するとルイジアナ州で大規模な公共事業を実施し景気を急回復させたことから、「民衆の英雄」と讃えられるようになった。その勢いに乗じて1932年に連邦上院議員に選出されたロングは、その後「富の共有運動」を掲げて現職のルーズベルト大統領のライバルとなり、民主党の大統領候補の座を争うようになったのである。
彼が提唱した「富の共有運動」とは、100万ドル以下の個人資産には課税しないが、100万ドルを超えると100万ドルごとに累進的な課税を行い、800万ドル以上の個人資産には100%の税率を課し、富裕層から徴収した税によって「米国のすべての健全な家庭」に5000ドルの資産を保証するという極端な再配分政策である。
ニューディールよりもはるかに過激な政策を掲げたロングだったが、その人気はうなぎ上りとなり、ルーズベルト大統領の人気を凌ぐようになった。だがその躍進は突然の終わりを迎える。1935年9月に遊説中のロングがルイジアナ州で暗殺されたからである(ロングの暗殺には謎が多く、真相は闇に葬られたままである)。狂信的に自らの政策を押し通す傾向が強いロングがもし大統領になっていたら、米国社会は大混乱に陥っていたことだろう。
米国社会の分断
富の共有運動に比べれば、富裕税構想ははるかに穏健である。米国人の50%が「大規模な不況が目の前に迫っている」と予想している(保険会社アリアンツ調査)ように、大統領選挙までに米国が景気後退に陥れば、富裕税導入の現実味はさらに高まる。
だが「富裕税」の導入で社会が分断される可能性は、ロングの時代と同じか、さらに高くなるのではないだろうか。今年10月に公表された世論調査によれば、47%の米国の社会主義者は「富裕層への暴力は正当化しうる」と回答している(10月10日付ZeroHedge)。ウォーレン氏が社会の不満を自身への支持につなげようと躍起になれば、正義のための「暴力」が社会に蔓延してしまうかもしれない。
米世論調査会社ラスムセンが2018年6月に公表した調査結果によれば、米国の有権者の3人に1人が「今後5年以内に南北戦争のような内戦が起きる」と懸念している。米大手投資会社ブラックストーンCEOも最近、「米国の今の政治情勢は異常な分裂状態にある。現在の論争の敵対的な特質は南北戦争直前の1850年代を思い起こさせる」と危機感を露わにしている。
富裕税をめぐる議論が白熱化すればするほど、米国社会が一層分断されてしまうことだけは間違いないだろう。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)