台風19号がもたらした記録的な豪雨により、各地で河川の氾濫が相次いだ。長野県の千曲川は約70メートルにわたって堤防が決壊し、川の水が北陸新幹線の長野新幹線車両センターに流れ込んだ。
1編成(12両)あたり33億円の新幹線車両10編成、変電所や信号関係設備、日々の運行を支える車両検査や修繕用の設備があっけなく水没。床下機器に加え、座席など車内設備まで浸水した新幹線車両は「全損」の状態とみられる。基地に取り残された社員の無事だけが不幸中の幸いであった。
長野市穂保付近の堤防決壊個所から車両基地までは約1km、車両基地から長野駅までは約10kmの距離にある。信濃毎日新聞web版(信毎web10月17日付)によると、この場所はもともと、長野市赤沼という地名が示すように、洪水が起きるたびに遊水地のような機能を果たしていた低地であった。
この土地に目を付けたのが、北陸新幹線を建設した日本鉄道建設公団と長野県だった。長野駅近くで、平坦かつ広大、そして何よりも買収が容易なこの土地は、車両基地の設置場所として最適だったからだ。建設にあたっては、長野県が1982年に作成した浸水被害実績図を参考に、過去最深の浸水よりも90センチ高くなるように盛土をしている。
ところが近年、「100年に1度」の大雨を前提とした浸水の予想が進歩したことで、過去数十年の実績値を前提とした、これまでの対策が不十分だったことが明らかになってしまったのだ。長野市のハザードマップは、長野新幹線車両センターの最大浸水想定を10m以上としており、実際に今回の堤防決壊によって4mを超える浸水を記録している。
難しい車両基地用の土地の確保
こうした車両基地の浸水リスクは、実は各地に存在している。前述のように、線路脇に平坦で広大な用地を手に入れることは容易なことではない。特に地下鉄をはじめとする都市鉄道では、車両基地用の土地の取得、確保が路線整備の可否を左右するといっても過言ではない。そのため、どうしても河川や海岸沿いの土地に車両基地を設置せざるを得ないケースが多い。
例えば、地下鉄日比谷線の南千住駅近くにある千住車両基地では、隅田川沿岸の国鉄用地を譲り受けて車庫を設置した。建設にあたっては、過去もっとも水位が上昇した1949年のキティ台風を基準に、約1mの盛土をしている。
地下鉄千代田線の北綾瀬駅の先にある綾瀬車両基地は、西に綾瀬川、東に中川、北に花畑運河と河川に囲まれており、かつ土地は低く湿って、地盤も非常に軟弱だった。そこで、千代田線北千住~新御茶ノ水間のトンネル工事で発生した土を利用して2.5mの盛土をした。
また地下鉄南北線の王子神谷駅付近にある王子車両基地は、地上に用地を確保することができなかったため、やむを得ず神谷堀公園の地下に車庫を設置した。すぐ北には隅田川が流れているため、想定される2mの浸水に備えて地下開口部をかさ上げしている。
日比谷線は1950年代、千代田線は1960年代、南北線は1980年代の設計で、いずれも当時の浸水想定をふまえた設計であったが、現在のハザードマップによると、千住車両基地の最大浸水想定は0.5~3m、綾瀬車両基地は0.5~3m、王子車両基地は3~5mとされており、最悪の場合は車両が冠水することも考えられる。
浸水地域に存在する首都圏の車両基地は他にもある。最大3~5mの浸水が予想されているのは、鶴見川の脇にある横浜市営地下鉄ブルーラインの新羽車両基地、中川と江戸川に挟まれた低地にある京成電鉄高砂検車区、荒川近くのJR東日本の川越車両センターなどだ。多摩川に近いJR東日本大田運輸区(京浜東北線)や、東急電鉄の元住吉検車区も最大0.5~3mの浸水が想定されており、油断はできない。
そして、首都圏の大手私鉄のなかで、もっとも浸水リスクが大きいのは東武鉄道である。大宮台地と下総台地に挟まれた沖積低地である中川低地・加須低地に沿って走る伊勢崎線(スカイツリーライン)では、利根川と中川の間にある南栗橋車両管区が最大浸水想定3~5m、大落古利根川と隼人堀川の合流地点そばにある同春日部支所、利根川と渡良瀬川に挟まれた同舘林支所、思川と巴波川に挟まれた同新栃木支所も0.5~3mと主要な車両基地のほとんどに浸水リスクがある。さらに野田線(アーバンパークライン)の拠点である、江戸川と利根川に挟まれた南栗橋車両管区七光台支所では最大5~10mもの浸水が想定されている。
今さら車両基地をかさ上げして、最大浸水想定に備えるのは不可能である。だからといって、もはや見逃すことのできない事業継続上のリスクだから、神頼みというわけにもいかなくなった。現実的には、移動できる車両は高地へ逃がし、移動できない施設・設備は防水化を進めるしかないだろう。
気候変動による水害の時代。鉄道事業者はまたひとつ悩ましい課題を抱えることになった。
(文=枝久保達也/鉄道ライター)