1917年5月13日より数回、ポルトガルの寒村ファチマで3人の子供たちの前に聖母マリアが出現し、人類の未来について語るという奇蹟が起こった。最後の奇蹟の際には7万人の大群衆が集まり、超自然的な太陽の乱舞が目撃された。この一連の奇蹟はカトリック教会が公認し、「ファチマの聖母」として世界的に知られている。その詳細は前編でお伝えした通りである。おそらく、これは日本人でも少なからずご存じと思われるが、このような超自然的な出来事が起こることを事前に予言した人々がいたことはあまり知られていない。
そのような事実は、実はポルトガルの著名な新聞4紙において紹介されていた。リスボンの「Diario de Noticias」紙は1917年3月10日に、当時ポルトで最有力だった「O Primeiro de Janeiro」紙は5月13日に2日前の情報を一面で、また同ポルトの新聞「Jornal de Noticias」紙と「Liberdade」紙も、5月13日に何か重大なことが起こると当日付けの紙上で発表していた。
それらの情報源は、一つはリスボン、もう一つはポルトを拠点とした、霊能者が集う異なる2つの降霊術者グループにあった。両グループとも、5月13日に歴史的に重要な出来事が起こると予言した。その一つはファチマの奇蹟が起こる3カ月前になされたものだった。両グループは、その内容の重要性ゆえに、新聞紙上で報告されるべきと考え、情報を提供する決断を行ったという。
もちろん、彼らは聖母のメッセージを受け取ったファチマの子供たちとはなんの接点もなかった。また、ファチマの子供たちも、奇蹟の2年前から天使の出現を受けていたものの、予言的なメッセージは何も受け取っていなかった。
では、どうして降霊術者のグループが5月13日に歴史的に重要な出来事が起こると予言できたのだろうか? 実は、その情報は「自動書記」によって与えられたのである。たとえば、腕から肩にかけて熱さを感じ、わけもわからず鉛筆と紙に手を伸ばし、文字を書き記していく行為で、自分の意思に反して勝手に起こる現象である。
それは、降霊あるいは憑依した霊、宇宙人、異次元存在などが書かせるものと考えられている。ときに記される文字は特徴的で、本人の筆跡と異なるだけでなく、鏡像文字となることもある。
実は、ファチマでの出来事を予言したとされるメッセージは、左から右ではなく、右から左に記され、鏡を横に置いて初めて読み取れるものだった。
反転は時間を遡る?
鏡像文字といえば、ルネサンス期の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが1万3000ページにも及ぶノートを埋め尽くした文字として知られている。他人に読みづらくするためにそのように記したのではないかともいわれるが、その真相はもっと深いところにあるのかもしれない。
イギリスの神秘主義者で魔術師のアレイスター・クロウリー(1875-1947)は自身のオカルト教義において、逆方向へのこだわりを見せていた。たとえば、彼は
「逆方向に字を書くことを両手で学ばせなさい」
「逆向きに歩くことを学ばせなさい」
「常に、都合が付けば、映画や画像フィルムを逆に見させ、レコードを逆に聞かせ、それらが全体として自然に認識できるように慣れさせなさい」
「『I am He』を『Eh ma I』と言うように、逆方向に話すことを訓練させなさい」
「逆方向に読むことを学ばせなさい」
などと述べていた。これらは、単にクロウリーがあらゆる既成概念に反抗しようとした意識の表れとして説明されるのではなく、隠された意味を知っていたからだと思われる。時間を遡ることは、日頃、窺い知れない「向こうの世界」を垣間見る方法論の一つと考えられるのだ。
我々の世界においては、時間は過去、現在、未来と一方向に直線的に流れるが、向こうの世界ではもっと複雑で、むしろ逆になっているといえるのかもしれない。ヒトの声を録音して逆再生すると、聞き取れる音として本音が聞こえてくる現象がある。それは、35年程前にオーストラリアのデイヴィッド・ジョン・オーツ氏によって発見され、リバース・スピーチとして知られている。筆者は、初めてその現象を日本語でも確認し、『リバース・スピーチ』(学研マーケティング)に記して報告した過去がある。
たとえば、嘘をつく犯罪者の発言を録音・逆再生すると、自分の犯行を認める言葉が聞こえてくる。そのため、嘘発見器として利用可能で、実際に利用されてきた。ヒトは言葉を発する際、思い浮かんだ言葉をそのまま発するのではなく、頭の中で相応しい言葉を選んでから発する。だが、リバース・スピーチは、相応しい言葉を選ぶ以前の、最初に思い浮かんだ言葉をそのまま浮き彫りにする。
ヒトが生まれて言葉を話し始めるようになるまで1年ほどの時間を要するが、生後数カ月の赤ちゃんが発する意味不明な声を録音・逆再生してみると、簡単な言葉をすでに話し始めていることがわかる。これは、理性で操る表面的な言葉を習得する以前に、ヒトは自らの意思を表出させていて、それはテレパシーとして裏のモードで現れていることを示している。特殊能力者でない限り、我々はテレパシーを理解できないが、逆再生という助けによってその片鱗を垣間見ることが可能となるのだ。
ここで話を戻すと、鏡像文字は、まさに向こうの世界から時間を超えてメッセージを受け取る際の架け橋的存在になりうると考えられる。このような現象は、研究すればするほど、意義深い事実が見えてくるが、一般にはそんなことは知られていない。
現代の読者は、そもそも降霊術による自動書記メッセージがなぜ新聞紙上で取り上げられたのか、それ自体不思議に思われるかもしれない。だが、今から100年前、インターネットもテレビもラジオも普及していなかった。人々の関心事や娯楽は限られ、降霊術に興味を抱く人々は決して少なくなかった。
日本でもかつて「コックリさん」はポピュラーだったが、現代の若者はゲーム、スポーツ、音楽、あるいは受験勉強といった活動のほうを優先するのではなかろうか。そして、科学の発達とともに、霊能者の情報に対して懐疑的になる人々が増え、ファチマの奇蹟自体は語られても、それが事前に予言されていたことに関しては忘れられていくことになったと思われる。
霊能者が受け取った情報
では、霊能者の情報とは、いったいどのようなものだったのだろうか?
『ファチマの光線(A Ray of Light on Fatima)』(1974)の著者フィリペ・ファータド・メンドンサ氏によると、ファチマの奇蹟が起こる3カ月前の2月7日、リスボンのある降霊術者グループが定期会合を行った。そこで、メンバーの一人が、鏡像文字による自動書記でメッセージを受け取ったのである。その内容は次のようなものだった。
<ジャッジしてはいけません。あなたをジャッジする人はあなたの偏見に満足することはありません。信仰と忍耐を持ちなさい。未来を予言することは私たちの習慣ではありません。未来の謎を見通すことはできません。しかし、時折、神は覆っているベールの片隅を持ち上げることを許します。私たちの予言を信頼しなさい。5月13日は世界の善良な人々にとって大いなる喜びの日となるでしょう。信仰を持ち、善良でいなさい。私は愛。常にあなたのそばにいて、あなたが行く道を案内し、仕事であなたを支える友人です。私は愛。明けの明星の輝く光が道を照らすでしょう>(ステラ・マトゥティナ)
この言葉は右から左にポルトガル語の鏡像文字で記されたが、「私は愛」という言葉と「ステラ・マトゥティナ」という名前だけは、ラテン語の通常の文字で異なる筆跡で記されていた。なお、「明けの明星」は、一般には金星を指すが、聖母マリアも意味する。一方、ステラ・マトゥティナという女性が何者なのかは不明とされたが、『ファチマ』の著者アンテロ・ド・フィゲイレード氏によると、フランスの錬金術師でオカルト作家のフルカネリ(1920年代に活動)は、明確にその神聖なサインの中に輝きが見られるため、聖母はステラ・マトゥティナとも明けの明星とも呼ばれると公言していたという。
ポルトの降霊術者グループにおいても、5月13日に何か超自然的なことが起こるというメッセージが受け取られていた。それは、アントニオという名前の霊能者が5月11日に記した内容で、少なくとも先述の新聞3紙が取り上げた。
「Jornal de Noticias」紙は、太字で「センセーショナルな啓示」という見出しとともに、世界大戦という出来事を「精神面」で起こる出来事と関連づける文章を添えた。だが、他紙においては、ジャーナリストたちはユーモアを含めるか、冷笑的なコメントを行った。たとえば、「Liberdade」紙は、非常に超越的で大きな結果を伴う、戦争に関連した何か重要なことが起こると伝えながらも、もしそれが起こらなければ、霊能者たちとその存在意義は疑われることになるだろうと皮肉った。
だが、当時著名なジャーナリストだったゲデス・ド・オリヴェイラ氏(1865-1932)は、超自然的な方法で啓示が降りる現象とアントニオの予言の詳細に事前に触れて、「O Primeiro de Janeiro」紙で深く言及した。
<今日は13日である。読者が霊能者アントニオの言葉に同情的な目を向けるのかどうかは私にはわからない。予言された出来事は起こり、まるで我々の足下に底知れない深い穴が現れるかのように、我々全員が深く感銘を受けるだろう。いま地殻の上で起こりつつある、物質を超えて存在する人々による介入は、我々に無視できない結果をもたらし、真実の熱心なプロモーターからこの情報を私が受け取ることは、真の警告である。私は別世界からの存在とこれほど密なコミュニケーションを取れるとは思ってもみなかった>
オリヴェイラ氏自身、ある種の霊感を持っていたのかは不明だが、物理的な接触もなく、たとえば、鋳造された鉄のテーブルをどのようにして空中浮揚させられるのか、といった疑問を投げかけながら、何かが浮き上がる現象を目にできるだろうかと記していた(当時、降霊がテーブルや椅子の脚を持ち上げて動かす現象はよく知られていた)。
実際のところ、ファチマで聖母が現れた際、ウバメガシの木の上に雲が存在していたのが複数回目撃されている。今日、超常現象の研究者らの間では、それはフォースフィールドに包まれながら滞空していた宇宙船、すなわち「鋳造された鉄のテーブル」を超えたもので、太陽の乱舞はその操縦者らが集団幻覚を見させた結果とする解釈が多くを占めているように思われる。真相は謎のままではあるが、ファチマの奇蹟は今なお語り継がれる意義のある異例の出来事だったことに間違いはなさそうである。
(文=水守啓/サイエンスライター)