袴田さんの弁護団が特に問題視しているのは、(3)の試料である。DNAは時間の経過とともに減ったり壊れたりするから、古い血液と新しい唾液を混ぜれば唾液のDNAが検出される可能性が極めて高くなる、というのが最大の理由だ。弁護団は「誘導的実験」と批判し、結果が出た段階で、検証実験の科学的な正当性を徹底して争う方針だ。
とはいえ、もし鑑定人のS氏から「選択的抽出方法は血液のDNAを取り出すのに有効ではない」との結果が出されれば、高裁はこの手法を用いた地裁段階のDNA鑑定の信用性を否定する可能性が出てくる。そして最悪の場合、再審開始決定を取り消すことも十分に考えられる。そうなれば「死刑・拘置の執行停止」も取り消されて、袴田さんは再び拘置所に逆戻りさせられるとみられている。死刑執行を前提に、である。
おかしな点
ご存じの方も多いかと思うが、DNA鑑定によってあぶり出された疑惑のほかにも、この事件にはおかしな点がいくつもあることに触れておく。
たとえば、前述した「5点の衣類」のズボン。当初の公判で袴田さんが装着できるか試したところ、小さくて入らなかった。しかし検察は、もともとは大きなサイズのズボンだったが、発見されるまで1年2カ月も味噌タンクに漬かった後に乾燥したため縮んだ、と主張。ズボンのタグに記された「B」がサイズを表すことを根拠に挙げていた。
ところが、「B」は色を示すことが、再審請求審で開示された製造業者の調書で明らかになった。ズボンは縮んだのではなく、最初から小さいサイズで袴田さんには穿けなかった=本人のものではなかったのだ。しかも、検察はそのことを当初の裁判の段階で知っていながら、隠し通していた。
また、検察が最近開示した逮捕直後の取り調べの録音テープには、袴田さんに弁護士が接見している場面とみられるやり取りが入っていた。盗聴であり、もちろん重大な違法行為だ。1日平均12時間にも及んだ起訴前の過酷な取り調べと併せて、違法を重ねた捜査によって袴田さんの「ウソの自白」が取られ、死刑判決に至ったことも忘れてはなるまい。
今回の検証実験の結果だけをもって安易に再審開始決定を取り消すことには、大いなる疑問を抱かざるを得ない。