イギリスが国民投票でEU脱退を選択し、アメリカでは自国優遇政策を掲げるドナルド・トランプ氏が大統領候補に選ばれ、日本では舛添要一前東京都知事が「せこさ」を理由に辞任した。すべて、攻めるほうも守るほうも、議論にリアリティがないのが特徴だ。
これを衆愚政治と一笑に付すのは、知的怠惰だ。知識層が思うほど大衆はバカではない。ただ、知識層よりもリアリストなだけだ。将来を予想するのに理想や理屈は結局、あてにならない。現実的に自分たちの暮らしがよくなったかどうかという経験でしかみない。
イギリスのEU離脱派の地方の人々は、GDPが上がったところでロンドンの高給取りの給料があがるだけで、自分たちに恩恵がないと怒っていた。そういうなかで国民投票の直前に、イギリス財務省は、EUを離脱するとGDPが大きく下がるとあからさまな警告を発した。離脱すると、加盟維持した場合と比較して 3.4~9.5%下がると指摘し、メディアも同調した。
しかし、財務省が「GDPが下がるぞ」と脅しをかけたところで、大衆は反発することはあっても、説得されることはなかった。現実的に自分が被害を受けるようには感じられないからだ。
このニュースを聞いたときに、筆者はベストセラー本『話を聞かない男、地図が読めない女』(主婦の友社)に出てくる夫婦のちぐはぐなコミュニケーションを思い出した。ある時、堪忍袋の緒が切れた妻が、いつも寡黙な夫にもっとちゃんと夫婦で向き合ってコミュニケーションをするべきだと涙ながらに話した。夫も相当こたえたらしく、しおらしく悪かったと反省し、これからはちゃんとコミュニケーションすると約束した。翌朝、晴れやかな顔をした夫が妻に、誇らしげに言う。「昨日の話を聞いて、反省して、ガレージの工具と部品をきれいに整理した」と。
「GDPなんて関係ないじゃないか」と言っている人に「GDPが下がる」と警告するのは、この夫と変わらない。「自動車の整備ばかりじゃなくて私を向いて」と言っている妻に、ガレージの整理をしたと誇るのと同じだ。いずれも相手が関心を持っていることにこたえずに、自分の関心ごとを繰り返しているだけだ。
大衆のリアリズムを理解できない知識層
こうしたちぐはぐなコミュニケーションは、知識層が大衆のリアリズムを理解できていないから起こるのだろう。リアリティがないから、反発されることはあっても、言葉が届かない。知識層が自分の関心ごとを繰り返しているようにしかみえない。