「イラク戦争のときも、異教徒、異文化、有色人種、非アメリカ人はヘイトの対象でした。でも、日頃から治安の悪い地域がちょっと範囲を広めただけで、そこに近づかなければ問題はなかったのです。でも、今回は違う。大手を振って、有色人種へのヘイトがまかり通っています。
中産階級以下の多い中西部などは、あからさまに入店を拒否しますし、道を歩いていても舌打ちされる。今まで感じたことのない危険を感じ、『本気で帰ったほうがいい』と帰国を決意したんです」(菊池さん)
菊池さんは、渡米したころから白人、黒人のどちらからも「なんとなく違和感を抱かれている」ということはわかっていたという。特にアメリカでは「肌の色で差別するのは、人としていけないことである」という常識があり、知識人たちはその常識を身につけていることが当然とされていた。だから、「心の中では多少の差別意識があったとしても、それを押し隠していたり、自分でその意識を否定したりしていたのでしょう」(同)という。
その「みんな感じていたけれど、決して表に出してはいけないこと」を代弁したのが、トランプ氏だったのだ。
「驚くほどの熱狂でしたよ。世論調査では『ヒラリー有利』と言っていましたが、肌で感じていたのはトランプの優勢でした。熱狂というか、その裏にある憎悪とでも言うのでしょうか。中産階級以下のアメリカ人、特に低所得者の憎悪を感じました。『自分たちに仕事やお金がないのは、すべて移民の責任』『自分が離婚したのも、生活が破綻したのも、すべて移民の責任』という空気が充満していたのです。
私からすれば、『文句ばかりで働かない人よりも、しっかり働く人のほうに仕事が行くのは当然』という気分でしたが、そんなことは口にはできませんでした。私から見たら、あまりに理不尽な憎悪が巨大化していたので、選挙戦の中盤くらいからは『トランプが勝利したら日本に帰ろう』と考えていました」(同)
これ見よがしに銃を持ち歩くアメリカ人
「10年以上アメリカで暮らしていましたが、今年6月以降、嫌な雰囲気が急速に充満してきました。いたたまれない気持ちでした」と言うのは、9月に家族で帰国した吉田康平さん(仮名・46歳)である。
彼は日本の大学を卒業し、日本企業に就職。26歳のころ、大学時代から付き合っていた女性と結婚する。アメリカの企業に長期出向したことがきっかけでアメリカ企業に転職し、現地に自宅も購入した。2014年にはゼネラルマネージャーに昇格、アメリカでもそれなりの地位にあった。
それでも、彼は大統領選より前に会社を辞めて帰国した。なぜだろうか。