09年2月18日、麻生太郎首相はプーチンに代わって大統領になっていたメドヴェージェフとサハリンの州都ユージュノ・サハリンスクで会談した後、記者団に語った。
「向こうは2島、こっちは4島では、まったく進展はしない。役人に任せているだけではダメ。政治家が決断する以外の方法はない」
ウィン・ウィン方式を支持する発言である。ところが同年5月21日、衆院予算委員会で、麻生首相はこう発言した。
「北方領土はいまだかつて一度として、外国の領土となったことがない、わが国の領土であります。戦後60年以上を経て、今現在もなおロシアの不法占拠が続いているということは極めて遺憾なことだと、これは基本的に思っている」
ウィン・ウィン方式の否定のみならず「不法占拠」の言葉は、メドヴェージェフ大統領を激怒させた。この180度の転換は、親米派と自主派の暗闘で、麻生首相が屈服したという以外に、解釈のしようがあるだろうか。
親米派と自主派の暗闘
今回の安倍・プーチン会談に向けても、親米派と自主派の暗闘があったと見るのが自然だ。
今年、鈴木宗男氏の娘、鈴木貴子氏が民主党から自民党に鞍替えした。貴子氏が議員になったのは、逮捕に伴う公民権停止で立候補できない宗男氏の意を継いでのことである。4月の北海道5区の補選では、宗男氏と貴子氏が揃って自民党候補を応援した。
鈴木親子の自民党への鞍替えを要請したのは、安倍首相と森元首相である。会談に向けて、2島先行返還が安倍首相の腹にあったのは間違いない。これまでの経緯から見て、状況は醸成されている。安倍首相とプーチン大統領は、今回以前に16回も会談している。
昨年12月に安倍首相と会談した鈴木宗男氏は、「来年はやる。歴史をつくる」という首相の言葉を紹介している。今回の首脳会談で2島先行返還を合意する心づもりであったことがうかがえる。
霞ヶ関の事情に詳しいジャーナリストによれば、経産大臣でロシア経済分野協力担当大臣である世耕弘成氏のグループが2島先行返還を押し進めていたが、外務省内部の4島返還論者たちに押し切られたという。暗闘の末、安倍首相は親米派に屈した結果になった。
4島一括返還を主張する人々は、何を考えているのだろうか。ロシアがウィン・ウィンと言っているのだから、あくまで4島にこだわったら、交渉は妥結しない。島が返ってくることなど望んでおらず、それでもアメリカの歓心を買いたいということなのだろうか。そうだとしたら、どちらが国賊だろう。
(文=深笛義也/ライター、取材協力=石郷岡建/ジャーナリスト)