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小林敬幸「ビジネスのホント」

トランプ米国「日本叩き」と中国にハメられる日本…おぞましく悲惨な日米貿易摩擦再来か

文=小林敬幸/『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』著者

 余談だが、テキサスで日本の文化に興味を持つアメリカ人の友人に、日本の時代劇のビデオを見せたことがある。その友人は、たいそう喜んでくれたが、「ところでこのヘアスタイル(ちょんまげ)の人は、今の日本では何百万人くらいいるのか」と聞かれた。私は、「こんなの100~200年くらい前の格好ですよ。今はもちろんいません」と笑って答えた。

 その友人はちょっとバカにされたように感じたのか、むっとして「でもこの街のショッピングモールには、カウボーイハット、ジーンズ、大きなバックルのベルト、ウェスタンブーツの人がたくさん歩いていますよね。あの格好は100~200年前と同じです」と言う。これには、なるほど参りましたと頭を下げたものだ。

 アメリカの田舎の人はとてもいい人たちで、立派な市民の常識も心得ている。困っている人を見ると親切に助けてくれるし、いったん友人だと認めると、わが身の危険をかえりみず守ろうとする。

 しかし、一生外国に行かない人も多く、海外情勢の認識は更新されることもなく、政治的スタンスも何十年と変わらない。そして一度、この人たちが敵だと認識して批判的になると、何年もの長期間にわたって認識を変えることなく、強力にアメリカの政治に影響を与え続ける。

 また、トランプ大統領が選挙で勝つ決勝点になった中西部地域は、標準的なわかりやすい英語を話し、人種差別意識も南部よりは低い地域で、最も標準的なアメリカともいわれる地域である。一方で、この地域は禁酒法、マッカーシズムと評判の悪い極端な運動をリードしてきた歴史もある。ある意味での「アメリカらしさ」を一番に求めるあまり、感情の入り混じった社会的運動にまでなると、成功であれ失敗であれ、目に見える結果が出るまで爆走していく。

トランプ大統領の危うさ

 2016年11月17日付の当連載でも書いたように、トランプ大統領はこの田舎の人たちと中西部の労働者が支持基盤である。田舎の人たちの気質を、メディアの世論調査よりもよく理解しているのが彼の政治的資産であり、正統性の背骨でもある。

 89年に三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターの所有企業を買収したとき、トランプ氏はテレビで「彼ら(日本)は、経済戦争に勝った。アメリカは引きちぎられつつある。米国は見返りもなく日本を軍事的に守ってきた。日本だけに限る必要はないが、外国製品には15―20%の関税をかけるべきだ」(16年11月9日付日本経済新聞記事より)と主張した。トランプ大統領の四半世紀前のこの発言は、大統領に就任してからの言動と寸分たがわない。

 さらに、トランプ氏の対日認識が1990年頃から変わらない認識に基づいているなら、日本は叩けば折れるし、それがアメリカの大衆に受ける、負けない勝負の格好の獲物にみえるだろう。

 最悪のシナリオとしては、安全保障面ではトランプ氏は中国に強硬に出るが、決して戦争は起こさない。中国も心得ていてアメリカには口では非難をしても手を出さない。そして、中国は日本のあちこちに対応を試すようなことを仕掛けてくる。

 アメリカはそれを見て、日本に対して、「守ってほしければ、在日米軍の駐留経費負担増、米国製兵器の購入拡大をせよ」とふっかけてくるかもしれない。そのときの日本政権がそれを飲み込んで国内での支持率が下がれば、中国としても成功になる。そう予見できれば、中国がこのアプローチを強化する動機になるだろう。

 経済面においては、2国間協定でTPP(環太平洋経済連携協定)の条件を最低ラインとして、円安是正やアメリカ製品の購入の数値目標などを、どれだけ上積みできるか勝負を仕掛けてくる。日本を、田舎の人たちにアピールするための草刈り場と心得ているかもしれない。

 以上はあくまで想定の一つであって、こうなるという一本道の予想ではない。しかし、広くさまざまな想定に備えるべきだろう。

大事にしたいアメリカの世論

 
 こうした最悪のシナリオに備えるといっても、大きく振れるトランプ氏の日々の発言にいちいち右往左往しても仕方がない。それこそ、ハイボール(=高めの球)を投げて交渉を有利に進めようとする彼の思うつぼだ。

 また、彼の側近に働きかけてレクチャーをしてもらっても、さほど聞く耳を持ちそうもない。四半世紀も更新されなかった認識が、そうそう今日明日に変わるとも思えない。 

 唯一彼が言うことを聞くのは、彼の支持基盤である田舎の人たちと労働者の声だけだ。ときにはトランプ氏に異を唱えて批判されたりすることは覚悟すべきだが、とにかくこのアメリカの田舎の人たちと労働者の怒りに触れるようなことはしないほうがいい。

 その意味で、日本はゆっくりと動くアメリカの善良な田舎の人たちに、じっくり働きかけるつもりで襟を正して誠実に活動していくしかない。ときによっては、口の達者なトランプ大統領との支持の取り付け合戦になり、いかにも分が悪い。けれども、長い目でみてもらうことを前提に、腰を据えて立派な市民としての善行を続ける。

 これは、別に悲劇でもなんでもない。日本だけでなく、世界中のあらゆる国がアメリカに対して行っている定石のようなものだ。

 国際的な戦略論の分野で、山本五十六の評価が低いのは、真珠湾攻撃によってアメリカの田舎の人まで怒らせてしまったからである。ベトナムは日本軍とは反対に、徹底してアメリカ世論に厭戦機運が出るように戦って成功した。今後もロックフェラービルを買うような、田舎のアメリカ人の気に障るようなことをしないように気をつけながら、人として立派な行動を続けるしかない。
(文=小林敬幸/『ビジネスの先が読めない時代に 自分の頭で判断する技術』著者)

小林敬幸/『ふしぎな総合商社』著者

小林敬幸/『ふしぎな総合商社』著者

1962年生まれ。1986年東京大学法学部卒業後、2016年までの30年間、三井物産株式会社に勤務。「お台場の観覧車」、ライフネット生命保険の起業、リクルート社との資本業務提携などを担当。著書に『ビジネスをつくる仕事』(講談社現代新書)、『自分の頭で判断する技術』(角川書店)など。現在、日系大手メーカーに勤務しIoT領域における新規事業を担当。

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