18年9月の兵役忌避者狩りでは、ニューヨーク周辺で5万~6万5000人の容疑者を捕まえ、歩道から引きずり下ろしたり、レストラン、バー、ホテルから追い立てたりして、地元の監獄や軍の施設に連行した。
「そのなかには徴兵忌避など兵役義務放棄の該当者も1500人ほどたしかにいたが、何万人かは理由もなく逮捕され、拘留された」(ティム・ワイナー、山田侑平訳『FBI秘録』上巻<文藝春秋>)
大勢の人間を根拠もなく逮捕・拘留したことは政治問題となり、当時の司法長官と捜査局長はまもなく辞任している。
35年、捜査局は現在のFBIに改称され、捜査局長だったジョン・エドガー・フーバーが初代長官に就任する。フーバーは死去する72年まで、捜査局長時代から数えて実に48年間もトップの座に君臨し、強大な権力をふるって、人権面で問題の多い作戦を推し進める。
その代表は冷戦時代の50年代後半に始まった対敵諜報プログラム、略して「コインテルプロ(COINTELPRO)」である。侵入、盗聴、電話傍受によって集めた情報を武器に、何百人、何千人もの共産主義者・社会主義者と目される人物に、匿名の嫌がらせの手紙や国税庁の納税監査、仲間割れを誘うためのさまざまな偽造文書を送りつけた。
コインテルプロの標的には、黒人解放運動の指導者として活躍したマーチン・ルーサー・キング牧師も含まれた。キングと黒人解放運動の背後に共産主義があるとフーバーが信じ、敵視したからだ。フーバーは「あのマーチン・ルーサー・キング、牧師、キリスト教の牧師……まったく頭にくる」と言って、ガラス張りの机をこぶしでたたき割ったという(同書下巻より)。
FBIはキングの宿泊するホテルや私的なアパートに盗聴器をしかけ、キングの妻以外との女性関係をつかむと、黒人と称する匿名の脅迫状を送りつけた。ニューヨーク・タイムズ紙が2014年に報じた未検閲の脅迫状によれば、そこにはこう書かれている。
「お前の汚らわしく邪悪で愚かな会話は、いつも録音されている。……自分の胸に聞くがいい、不潔で異常なけだものめ」
そして自殺するようほのめかす。
「お前はおしまいだ。残された道はひとつしかない。お前の汚らわしく異常で人を欺く正体が国民に暴かれる前に、やったほうがいいぞ」
国家警察が盗聴に基づいて市民を脅迫するなどというと、「そんな陰謀論は信じない」と冷笑する人が少なくないだろう。しかし、これは事実なのだ。