“迫害”されてきた白人たち
オルタナ右翼の思想が芽生え始めた2008年は、非白人のバラク・オバマ氏がアメリカ大統領に就任した年だが、その頃からアメリカは国としてのアイデンティティについて多くの疑問を呈してきた。アファーマティブ・アクション(マイノリティー優遇措置、差別是正措置)のような政策について物議を醸すようなことは口に出せない風潮ができあがっていた。そういう風潮に対して白人はフラストレーションを募らせていたのだ。
しかし、トランプ氏の出馬宣言と最終的な勝利によって、今までなら人種差別的発言だと批判されて一蹴されてしまうようなことも堂々と言えるようになった。それがオルタナ右翼にモメンタム(勢い)を与えたことは間違いない。
「アイデンティティ政治」という表現がある。これは主に、社会的不公正の犠牲になっているジェンダー、人種、民族、性的指向、障害など特定のアイデンティティに基づく集団の利益を代弁して行う政治活動のことだが、白人にはアイデンティティ政治という表現は使われない。白人が自分たちの人種のために権利擁護をしようとすると、人種差別呼ばわりされるからだ。逆に、ゲイや黒人やムスリムらは、自分たちの権利や利益を擁護するような発言ができるだけではなく、白人男性に対して、おおっぴらに「人種差別」「女性差別」と非難することも許されている。
つい最近、トランプ政権から追放されたスティーブン・バノン氏が大統領首席戦略官・上級顧問として入閣したとき、カリフォルニア大学バークレー校の右翼研究センターのローレンス・ローゼンソル所長は、「トランプ政権内に入ったバノン氏は、オルタナ右翼と主流メディアのインターフェイスの役割を果たすことになる」と評した。今政権から追放されたとはいえ、バノン氏がその勢力を失速させることは考えられない。
昨年の大統領選でトランプ氏に票を入れた白人は想像以上に多い。白人労働者だけではなかった。エリート層の白人もかなり多かった。それが“隠れトランプ支持者”だ。一般投票では対立候補だったヒラリー・クリントン氏が300万票近く勝っているが、民主党が大多数を占めるカリフォルニア州とニューヨーク州を除外した場合、一般投票で残りの州はほとんどトランプ氏が勝っている。この事実を忘れてはいけない。
白人至上主義と言うと、確かにネガティブな響きが強い。あえて聞くと否定するだろうが、どの白人にも白人至上主義が潜在意識としてあるかもしれない。
筆者はアメリカに18年間住み、友人にも白人が多い。その白人の友人に言われたことをここで紹介する。ニューヨークタイムズの白人記者であった友人(女性)に、こう言われた。
「あなたがどれだけ有能なジャーナリストであっても、もしニューヨークタイムズの記者であれば地位が上がることはない。白人ではないからだ」
マサチューセッツ工科大学(MIT)の、ある白人教授(大前研一氏が留学していたときの担当教授)は、面と向かって私にこう言った。
「ケンイチ・オオマエという人を知っているか。彼は日本で大成功しているが、もしアメリカなら誰も相手にしない。白人ではないからだ」
『ブルーオーシャン戦略』を書いたW.チャン・キム氏は中国系アメリカ人だが、かつて彼に長時間取材したとき、最後にぽつりと、こう言った。
「私は白人ではないので、ここまで来るのに白人の100倍努力をした。白人であればとっくに世に出ていただろう」
こういうインシデント(事案)は枚挙に暇がないが、今アメリカで起きている白人至上主義運動は、“迫害”されてきた白人によって、起こるべくして起きたものといえるだろう。人種問題の視点からみると、今話題に上っている「白人」は、「新しい黒人」といえるかもしれない。
(文=大野和基/ジャーナリスト)