不倫スキャンダルは出世の必須条件? 大手新聞、堕落の始まりは10年前
「申し訳ありませんでした。これからは気を付けます」
小山はぺコンと頭を下げると、徳利を持ち、3人に少し冷めた熱燗を注いで回った。そして、中腰になって3人のグラスを集め、2杯目の焼酎のお湯割りをつくり始めた。松野のほうはというと、小山の殊勝げな行動に目を細めてしまう。
「わかればいい。うちの北川はな、君と違って優男なうえKYそのものだ。だから、特ダネを取ろうとはしないが、リークはそこそこあるし、抜かれてもうまく立ち回る。だが、女の問題だと、KYじゃないんだな。だから、トラブルに遭遇しちゃうんだな。とにかく、北川には黙っていても女のほうから寄ってくる。それが災いしているんだな」
松野はここまで話すと、小山のつくったお湯割りのグラスに手を伸ばして一息ついた。そして、不倫相手の自殺事件に至る経緯を話し出した。
27年前の禁煙パイポのCM「私はコレで会社を辞めました」ではないが、日本の大企業のサラリーマンにとって、女性に絡むトラブルは致命傷である。出世の道が閉ざされるからだ。一部のオーナー系を除けば、大半の大企業では女性問題を抱えた人物を役員に取り立てるところはない。業種によっては、どんなに優秀な人材でも、離婚経験があるだけでボードメンバーに絶対に入れない、という不文律のあるところすらある。
オーナー系でもないのに女性に絡むトラブルに寛容な大企業があれば、白眼視される。それが日本の企業社会である。しかし、その埒外にあるのが新聞業界である。
言論報道という絶大な権力を握っており、どこからも後ろ指をさされることがないからだ。そうでなければ、大都や日亜のように3つのNや2つのSをボードメンバー選びの基準にするなどという荒唐無稽なことはありえない。
新聞業界の堕落が始まったのは10年ほど前からで、それ以前は新聞業界にも日本の企業社会と同じ節度があった。当時、大都、日亜の両社内で、北川や小山がボードメンバーに入ることはもちろん、事業の要である編集局長に就くなどと予想する向きは一人としていなかった。深刻な女性問題を抱えていたからだ。北川の場合は小山の離婚トラブルに比べると、表沙汰になるリスクは少なかったものの、その深刻さは甲乙つけがたいものだった。
しかし、今、女性問題で×の烙印を押された2人が将来の社長に最も近いポスト、編集局長に就いている。新聞の堕落を象徴していると言ってしまえばそれまでだが、3年前まで社長になるなどとつゆほども思わず、不倫にうつつを抜かしていた村尾同様に、2人とも自分が編集局長に就けるなど、10年前まで夢にも思っていなかったのは間違いない。
松野と村尾が大都、日亜の両社のトップに就いたことで、序列が180度変わった。この2人は、自らの保身と権力保持へ3つのNや2つのSという基準をボードメンバー人選の物差しにして、秘密を共有する者たちで経営陣の中枢を固めるようになった。致命傷のはずの女性問題は、旧日本陸軍の金鵄勲章のような傷になったのだ。
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
※本文はフィクションです。実在する人物名、社名とは一切関係ありません。
※次回は、再来週5月17日(金)掲載予定です。