将来の自由や安全を脅かす
このようにロシアゲートが茶番であることを天下にさらしたお粗末きわまる起訴だが、奇妙なことに米国の政治上層部は右派、左派、トランプ政権関係者を問わず、異なる理由でそろって歓迎している。
左派にしてみれば、クリントン氏がロシア人の標的にされたという自分たちの主張が認められたことになる。一方、対ロシア強硬派の多い右派は、ロシアに対する警戒感が米国民に広まったことに満足する。そしてトランプ政権関係者は、ロシアとの共謀の証拠が示されなかったことに安堵している。トランプ大統領はツイッターで「トランプ陣営は何も悪いことはしていない――共謀などない!」と喜んだ。
しかし、これらは政治上層部の話である。米国や世界の一般市民にとって、今回の起訴はひと安心どころか、将来の自由や安全を脅かす危険をはらむ。
モラー特別検察官による捜査はこれで終わったわけではない。事実、ロシア人らを起訴した翌週の2月22日、モラー氏のチームは、トランプ陣営の選対本部長だったポール・マナフォート被告と側近のリック・ゲーツ被告を脱税と銀行詐欺の罪で追起訴した。
つまり捜査を利用したトランプ大統領への政治圧力は、陰に陽に続くということだ。その圧力とは、トランプ氏が大統領選で掲げた国外紛争への介入中止や、ロシアとの融和を妨げ、軍産複合体に利益をもたらす軍事介入やロシアとの対立を強めることを意味する。
軍産複合体は戦後の米国政治に隠然たる支配力を及ぼしている。冷戦時代の1961年、アイゼンハワー大統領が退任演説で民主主義への脅威になっていると警告を発したことで有名になった。トランプ大統領と同じくロシアとの緊張緩和に動いたニクソン大統領を辞任に追い込んだ70年代のウォーターゲート事件は、昨年8月28日の本連載で述べたように、軍部による陰謀だったとの見方がある。
支配力は冷戦が終わった今も衰えない。女性でソフトなイメージのあるクリントン氏は軍事産業を支持基盤に持つ。上院議員時代はブッシュ政権が始めたイラク戦争を熱烈に支持したし、国務長官時代はリビアへの空爆を主導し、今も続く同国の混乱をもたらした。もちろん共和党にもジョン・マケイン上院議員など軍産複合体の代弁者といわれる政治エリートは少なくない。
トランプ大統領がどこまで本気だったかはともかく、少なくとも軍産複合体に挑戦する可能性はあった。しかしロシアゲートでホワイトハウスから追い落とされる悪夢がちらつく限り、実現は難しいだろう。これは軍事費拡大による財政悪化のツケを払う米国民や無用の戦争に巻き込まれる世界の人々にとって、良い話ではない。
それだけではない。今回起訴されたのはロシア人だけだが、米国民や他国の人々、とりわけジャーナリストが同じようにあいまいな理由で罪に問われない保証はない。政治エリートに都合の悪い記事を書いただけで、ロシアと共謀したと断定されかねないのだ。モラー特別検察官をまるで正義の味方のように報じる日米マスコミの記者たちは、それが自殺行為だと気づいていない。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)