フジテレビのリアリティショー『テラスハウス』の出演者だった木村花さん(当時22歳)がSNSで誹謗中傷を受けて自ら命を絶ってから1年が過ぎた。母親の響子さんがBPO(放送倫理・番組向上機構)に人権侵害の申し立てを行ったことで、リアリティショーの制作のあり方を問い直す動きが出ている。
リアリティショーは「台本や筋書きがない」というジャンルで、出演者は等身大の自分そのままに行動して感情もさらけ出す。それゆえ現実と虚構との境界が曖昧になりがちで、視聴者の共感や反発などが生身の出演者に向かいやすい。海外では出演者がSNSでの誹謗中傷で自殺するケースも相次いでいる。
『テラスハウス』での木村花さんの死は、日本でもリアリティショーをめぐって制作側が何をなすべきかを改めて浮き彫りにしたが、番組制作の「倫理」を遵守するための機関であるBPOの「限界」もさらけ出した。
木村花さんが誹謗中傷を受けるきっかけとなったフジテレビが制作した同番組の「コスチューム事件」の回は、地上波で放送する前にNetflix、続いてフジテレビの動画視聴サービスFODで配信されていた。その後にフジテレビ地上波で放送された後に、木村さんは自ら死を選んだ。
この間に番組の視聴を促すようなPR動画(未公開動画)や『テラスハウス』のスタジオ部分のMC山里亮太がYouTubeで内容を紹介する「山チャンネル」で、視聴者の関心を引きつける動画も配信されていた。
木村花さんはフジテレビの地上波での放送後に自殺したが、その前に同じ番組がNetflixで配信されて、SNSでの誹謗中傷が殺到して精神的に不安的になって自傷行為を行っていた。そうしたなかで番組が地上波で放送された後で死を選んだ。
母親の響子さんは、娘の死が番組の“過剰な演出”がきっかけでSNS上に批判が集中したためだとして、BPOの放送人権員会に人権侵害を申し立てた。今年3月に委員会はその審理の結論である委員会決定を公表。番組側も花さんに対する一定のケアをしていたとして人権侵害があったといえないとしたが、出演者の身体的・精神的な状態に対する配慮に欠けていたとして「放送倫理上の問題があった」と結論づけた。少数意見や補足意見も付記され、評価がかなり分かれたことがうかがえる。
ネット上のコンテンツにも準用する仕組みが必要
ネットとテレビの両方で流れた番組だが、BPO側は「テレビで放送された」から審理の対象にしたと説明した。記者会見では記者から次のような質問が出た。
「テレビ局が制作して地上波で流さずネットだけで流した場合、人権侵害の可能性があってもBPOの審理対象にならないのか?」
これに対して委員長代理(当時)の曽我部真裕京都大学大学院教授が「現在の運営規則上はテレビで放送されないと対象にならない」と明言。BPOは「放送倫理」の検証機関なので、地上波の放送がなかった場合、通信だけでは検証の対象にはならないという見解を示した。BPOが「放送倫理・番組向上機構」である以上、当然の理屈だが、現状での限界を認めたことになる。
一方で、現在はNHKが「NHKプラス」で放送と同時に番組を配信し、民放も人気ドラマなどの放送後に「スピンオフドラマを(有料動画サービスの)○○で独占配信中!」などと誘導するのを見慣れて「放送」と「通信」が当然のように融合する時代を体感している視聴者には、「放送」に限定してBPOの権限を狭く解釈する姿勢に違和感を覚える人も多い。
実際、テレビ局の映像コンテンツが「ネット上だけ」配信されるケースもある。2015年に水着姿の女性たちがラグビーボールを蹴る下半身にズームインし、露な胸元にボールを抱えてトライするような場面を日本テレビがネット上に配信した動画『セクシー・ラグビーボール』が日本スポーツとジェンダー学会などから抗議を受けたケースがあった。学会関係者によると、日本テレビ側はネットでの配信だから「放送基準などは適用されない」と当初説明したが、再質問後に「放送に準じるものと考える」と変更してきたという。
ふだん「公共性」を意識するはずの放送局も、倫理やルールの縛りがないネットの世界では「倫理」を顧みない側面があるという一例だ。
BPOの仕組みは諸外国と比べても、自律的に「倫理」を遵守するという日本独自の取り組みで歴史を重ねている。放送局がネット上に出す映像コンテンツにも準用する仕組みとして明確に位置付けるべきではないだろうか。
現在の放送人権委員長である曽我部氏はこの時の会見で述べている。
「運営規則は我々が決めているのではなく、BPO全体ひいてNHKと民放で設置されているので、そちらの方でお考えいただくこと」
BPOを設置したNHKと民放が合意すれば、放送に限定しないでネットの番組コンテンツについても検証する新しい放送・通信倫理機関をつくることは可能という考え方だ。すでに放送と通信は視聴者にとって区別できないほど複雑に混じり合っている。BPOはそんな時代に対応する組織に生まれ変わるための議論をぜひ進めてもらいたい。
(文=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授<テレビ報道論>)