しかし、相続財産管理人の選任には費用がかかるため、相続放棄後、こうした手続きが行われることは稀である。最後に相続放棄した人は、相続財産管理人が選任されるまでの間、管理責任は残るが、その責任も現状では徹底されているわけではない。相続放棄された不動産が危険な状態となり、そのまま放置されていることも少なくない。
相続放棄は選択的にできず、それが相続放棄をためらわせるハードルになっている。しかし今後、ほかにめぼしい遺産はないといったケースが増えれば、相続放棄され管理責任も果たされない土地が増加していく可能性がある。あるいは、相続放棄は選択的にはできないが、必要な財産を遺言書で遺贈したり、生前贈与したりしておけば、必要な財産を確保した上、最後に不要な不動産のみを相続放棄して手放すといったこともできないわけではない。
こうしたことが実際に行われれば、国は使い道のない土地ばかりを押し付けられてしまうことになる。今後、こうしてなし崩し的に放棄され、国が引き取らざるを得ない不動産が増加していく可能性を考慮すれば、最初から所有権の放棄ルールを明確にしておくほうが望ましいと考えられる。
所有権放棄ルールの必要性
土地所有権放棄の可否について学説は定まっていないが、民法239条には、「所有者のない不動産は、国庫に帰属する」という規定があり、所有権放棄が認められれば、国の所有に移る。しかし、現状では登記には所有権放棄の手続きはないため、不動産登記法に所有権抹消登記の規定を設ける必要がある。国の所有に移ると、国の管理負担が増すが、これについては放棄時に一定の費用負担(放棄料)を求めることが考えられる。求める費用負担額としては、例えば、管理費相当分、固定資産税などの何年か分という設定が考えられる。
この仕組みのデメリットとしては、放棄料が安すぎると簡単に放棄できるため、放棄が爆発的に増えてしまう可能性があるという点であろう。一方、現在の相続放棄の仕組みは、相続財産すべてを放棄しなければならないことが一定のハードルになっている。しかし前述のように、必要な財産を確保した上、最後に不要な土地のみを相続放棄して手放すといったことも不可能ではない。こうしたかたちで、なし崩し的に相続放棄が増えていく可能性を考慮すれば、放棄の一般ルールを定めたほうが、まだましだとも考えられる。
なし崩し的に放棄された状態になり、管理責任も果たされなくなっていくのは、国土の管理という意味でも望ましい状態ではない。費用負担を求めた上で放棄を認める仕組みを設けるのは、国土の管理を適正に行っていくという意味でも正当化できると考えられる。
また、前述のように、事後的に所有者探索に多大なコストを投入するよりは、最初から放棄を認め、国の所有に移しておいたほうが、はるかにその後の利用や管理がしやすくなるというメリットもある。実際の管理は自治体が担うことが考えられる。
所有権放棄ルールは、そこまで踏み込むことはまだ難しいにしても、国や自治体が不要となった土地の寄付を積極的に受けるべきとの考え方もある。この問題は、人口減少時代に使われなくなった土地の処理や管理について、最終的に国や自治体がどの程度関与していくのかという問題となる。国土の荒廃を防ぐため、積極的に関与していくべき時代に入りつつある。
(文=米山秀隆/富士通総研経済研究所主席研究員)