9月23日、神戸市長田区の閑静な真夜中の住宅街。その静寂をブチ破るかのように銃声がこだまし、日付が変わった24日には、周辺を騒然とさせる大捕物が展開された。駆けつけた警察官と激しいやりとりの後、この発砲事件の容疑者として身柄を確保されたのは、神戸山口組の中核組織である五代目山健組傘下の二代目健國会系組員だった。
これにより、ちょっとした衝撃が走った。同容疑者が銃弾を撃ち込んだと思われる建物(実際には4つの薬莢しか発見されていない)は、自身が所属する二代目健國会の関係先だったからだ。
「発砲の一報が流れた際は、『1年前の再来か!?』と緊張が高まりました。昨年9月に起こった任侠山口組・織田絆誠代表襲撃事件の現場から200メートルしか離れていない場所だったからです。しかも、任侠山口組では9月24日に尼崎市にある二代目古川組で執行部会を行う予定になっていたこともあり、発砲直後にはさまざまな臆測が飛び交っていたのです」(ヤクザ事情に詳しいジャーナリスト)
一方で捜査関係者からは、こういった声が漏れ伝わってきていた。
「騒ぎとなった建物は、健國会の組員らの待機場所のような役割を果たしており、常時4~5名の組員らが出入りしていたという話だ。そのなかの1人が、先日、刑務所から出所してきたばかりの今回の容疑者で、内部でのトラブルや薬物の乱用なども視野に入れて捜査を進めている」
健國会といえば、神戸山口組・井上邦雄組長と同じく1975年に起きた三代目山口組と二代目松田組との抗争事件で身体を賭け、功名を立てた山本國春会長を初代する名門組織である。
牽制のための家宅捜索
ただ、どういった事情があったにしても、今回の容疑者が二丁の拳銃(後の捜査で、建物内から二丁の拳銃を押収)を手にし、実際に発砲に至ったという事実に驚かされた人間は多かったようだ。特に最近は警察当局の取り締まりが強化され、山口組が分裂状態でも激しい抗争は起きないだろうと楽観視されている側面があった。だが、実際は末端の組員が拳銃を容易に使用できる状況は以前と変わりなく、この銃口がいつ抗争相手に向いてもおかしくない状態が続いているともいえる。事実、昨年の織田代表襲撃事件も、そうしたなかで起きているのだ。
こうした危機感は当然、当局も持っているようで、発砲事件の容疑者逮捕後、警察当局は間髪入れずに銃弾が撃ち込まれたとみられる建物に家宅捜索に入ったかと思うと、任侠山口組が定例会などに使用している二代目古川組本部にも別件の微罪で家宅捜索をかけている。
「9月24日に任侠で執行部会が開催されることを当局も掴んでいたようで、それに揺さぶりをかける意味合いでのガサ入れではなかったのか。執行部会の時期が今回の発砲事件とたまたま重なったので、結果的には組織全体への牽制にもなったかもしれない」(地元組織幹部)
そうしたなかで、神戸山口組では翌25日、今年、直参へと昇格を果たした組長らとの盃が執り行われた。通常なら、こうした盃ごとは、12月13日の事始め式の日に行われてきたが、神戸山口組では昨年から、事始め式よりも先に実施している。
「昨年の新直参の盃ごとの際は、秘密裏に進められ報道関係者を寄せつけなかったが、今年は報道が多数押し寄せるなかで、早朝より厳粛に執り行われている。分裂から3年数カ月。この間も神戸山口組はコンスタントに直参を誕生させ、組織力は衰えをみせていないことが伝わったのではないか」(地元関係者)
ここ数カ月、任侠山口組から六代目山口組へと移籍する幹部らが複数いたものの、表面上は過激な抗争へと発展する気配はない。しかし、今回のような銃撃事件が起こる素地は確実に存在し、それにメスを入れようとする警察当局との攻防を視野に入れながら、どの山口組も組織を盤石にすべく強化に努めているといえそうだ。
(文=沖田臥竜/作家・元山口組二次団体幹部)
●沖田臥竜(おきた・がりょう)
元山口組二次団体最高幹部。2014年、所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、『山口組分裂「六神抗」』365日の全内幕』(宝島社)などに寄稿。著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任侠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)など。最新小説『死に体』(れんが書房新社)が発売中。