元号は東洋における紀年法の一種である。古代中国で生まれたものであり、前漢の武帝の頃に定められた「建元」がその嚆矢とされている。我が国においては、中大兄皇子らによる蘇我入鹿暗殺(乙巳の変)に伴う政治改革、いわゆる「大化の改新」の折に定められた「大化」がその初出とされ、平成の今日に至るまで240あまりを数える年号がつくられてきた。
前近代においては瑞兆出現などの吉事や災害発生などの凶事に伴うものや、当該期におけるさまざまな政治的要請に基づいて元号を改める、すなわち「改元」が行われてきた。近代以降もこの元号の制度は維持されたが、「一世一元の制」が定められ、天皇一代につき元号ひとつとすることになり現在に至る。
本年は天皇の「退位」に伴い改元が行われる。そこで、次の年号を予想してみることにした。実際は、この種の予想はおおむね当たらない。その上、見事に当てたとしても、公になってしまえば差し替えられてしまう可能性もある。よって、かなり分の悪い話ではあるのだが、予想する以上は可能な限り当てていくようにしたい。
このような当て物は、定期試験の問題からバルチック艦隊の航路に至るまで、相手の立場に立って考えることが肝要である。そこで、自分が元号を撰する立場ならどうつくるか、というところから考えることにした。
新元号に「安」の文字が入らない理由
過去の元号を通観するに、規則性とまではいかないまでも、いくつかの傾向が見受けられる。それらを踏まえて、元号を案出する上での条件を自分に課すことにした。列挙すれば、次のようになる。
(1)常用漢字2文字であること
(2)他国にその元号や諡号などで先例がないこと
(3)頭文字が「M」「T」「S」「H」以外で始まること
まず、常用漢字2文字としたのは、使用される漢字が国民一般に使いやすいものである必要性があるからだ。常用漢字といっても、画数の多い文字は可能な限り避けていくべきだろう。また、あえて2文字としたのは、古代に「神護景雲」や「天平勝宝」など4文字の元号が存在しているからである。
次に、他国に前例があるものは避けるというのは重要で、過去に元号が定められる際にも、その任に当たった学者などがもっとも気を使ったところであるようだ。
そして、最後はアルファベットで書いた折に「M」「T」「S」「H」以外で始まることである。この条件はわりと現代的なものではあるが、表記の上で過去の「明治」「大正」「昭和」「平成」と同じアルファベットで始まる語が用いられれば混乱の元となるために、避けてくるに違いない。
このほかにも、達成すると望ましい条件として以下の3点を定めた。
(1)過去の日本の年号における使用例がある文字を用いること
(2)漢籍に典拠となる文章が存在すること
(3)「安」の文字を用いないこと
まず、過去に日本の元号に用いられた文字から選び出して組み合わせていきたい。おそらく、そこから用いてくるだろうからだ。ただし、「昭和」「平成」に関しては、「昭」「成」という過去に案として出たことはあるが実際に元号に用いられなかった新出の文字を用いており、今回も新出の漢字を用いてくる可能性が高いので対処せねばならない。
次に、これも可能ならばだが、漢籍に典拠となる文章があるのが望ましい。確かに、過去にはこれがない、あるいは不明のものも数多く存在するが、近代以降の元号である「明治」「大正」「昭和」「平成」にはそれぞれ存在するので、今回も用意されているものと思われる。一部、「日本の古典からの引用を」と主張する向きもあるとのことだが、今回は間に合うまいから考えなくてよいと判断した。
そして、最後に「安」の文字を用いないこと。これは、安倍晋三首相の「安」の文字を用いたと勘ぐる人々が確実に出るため、逆に避けてくるだろうとの予測である。すでに「安久」などの予測が出ていて、これらは多くの条件を満たし得るし、画数も少ないので非常に良いものではあるが、上記の理由でおそらく「安」の字そのものの使用が見送りになると思われる。
条件を満たす、2つの新元号候補
これらを踏まえて考え出した新元号は「元喜(げんき)」である。
常用漢字2文字であるし、他国に用例がない、さらには「G」で始まるので頭文字の問題もクリアできている。また、「元」も「喜」も過去の年号に使用された文字であり、『易経』にある「六四元吉、有喜也」から取ったとすれば漢籍の典拠も示せる。諸条件をすべて満たす上、なお良いのは「げんき」という音である。これは「元気」に通じ、「日本を元気に」の意も込められているとできる。おそらく、厚生労働省や日本医師会などには喜ばれるのではないか。また、来年の東京オリンピック開催も視野に入れながらという話をすれば、なお良いに違いない。
ただ、問題がないわけではない。「喜」の字が画数多めであるし、また2文字とも過去の使用例がある文字である。前述したように、新出の漢字を入れてくる可能性も捨てきれない。さらに、この「元喜」は前近代においてすでに一度、元号の候補として挙げられ、落とされた過去がある。これらの理由で退けられる可能性は十分にある。
そこで、新出漢字を用いた年号をもうひとつ案出することにした。ただ新出漢字といっても、闇雲に選ぶわけではない。過去に候補として挙げられて用いられなかった元号を構成する文字の中から、まだ使用されていない文字を抽出、さらになるべく平易なものを厳選した結果、「開」「光」「広」「定」「有」「陽」「立」あたりを用いてくるのではと考えた。
そう考えると、「光文(こうぶん)」などはとても良いのであるが、この年号は用いられない。なぜなら、これは「昭和」の年号が決まる前に新元号として新聞紙上で報じられてしまう事件があったからである。実際は案の中にすらないものであったようだが、今さらこれを用いるわけにもいかないだろう。
そこで、「開道(かいどう)」などはどうだろうか。これも前述した諸条件を満たすし、この言葉自体に「道を開く」という意味を持っている。閉塞感を打ち破る元号として良さそうな響きである。もちろん漢籍にも典拠があり、『易経』の「開物成務、冒天下之道」より来ている。それならば「開成(かいせい)」でもよいということになるのだが、こちらは学校名としてあまりに著名すぎるし、「平成」に続いて「成」が繰り返されることになるので具合がよろしくない。そこで「開道」としてみた次第であるが、どうだろうか。
このように、一度自分でつくってみて思うのは、事前に設けられた諸条件をクリアしながら、さらに多くの国民が支持するような内容の元号を考えるのは非常に難しいということである。予想すると銘打っておきながらこのようなことを言うのは恐縮だが、新元号は私の浅はかな考えなどをはるかに超えた、「これならば」と膝を打つようなものであってほしいと願う。
(文=井戸恵午/ライター)