仲邑門下で菫初段の兄弟子にあたり、京都大学で囲碁を題材にした講義も持つ大橋成哉七段(28)は「気負い過ぎたかな。ちょっと荒かったかもしれない。まだ10歳。あの雰囲気では平常心では打てなかったでしょう。実はプロの間では『菫さんが勝つのでは』という声が強かった。しかし、この短期間での大森さんの進歩が著しかったみたいです」と話した。
仲邑初段は28日に関西総本部で行われた40歳以下の棋士で戦う若竹杯の一回戦で種村小百合二段(37)に勝利し、非公式戦だがプロ初勝利となった。「序盤からうまく打てた。勝てて嬉しい」と笑顔を見せた。2回戦は父の仲邑信也九段門下の村松大樹六段(30)に敗れた。
英才特別採用推薦棋士の第一号
仲邑初段は、日本棋院が小学生を対象に新設した「英才特別採用推薦棋士」の第一号。プロ棋士複数の推薦などで「世界一になれる逸材」を見いだす。近年、国際大会で日本は中国や韓国に分が悪い。両国のような幼少からの徹底した英才教育が必要だった。仲邑初段は昨年、張栩名人と対戦し、互角条件に近い「黒番逆コミ」で引き分け推薦された。これまで最年少プロデビューの記録は藤沢里菜女流三冠(20)の11歳6カ月だった。
仲邑初段を知る大阪市の囲碁サロン「野田石心」のインストラクター湯浅文貴氏(25)は「小学生で東大に合格するようなもの」とたとえる。次の公式戦はまだ決まっていないが、勝利すれば「史上最年少初勝利」も期待される。後藤九段は「大森さんの対応が素晴らしかった。びっくりするような成長です」と控えめに喜ぶ勝者を称賛した。
さて、藤井聡太七段(16)の破竹の快進撃で一挙に人気が高まった将棋界について、ある日本棋院関係者は「本当に羨ましい。藤井君でバブルになった将棋連盟は、マスコミのプロ棋士の談話取りにまで金銭を要求しているが、正直言うとウチでもやりたいくらいですよ」と打ち明ける。だが、囲碁にあって将棋にないのは国際性だ。後藤九段は「囲碁はサッカー、将棋は蹴鞠ですよ。蹴鞠がたまたまあんなに人気になっただけ」と切って捨ててみせた。
仲邑初段は大阪出身。3歳から幸さんに教えられ急成長した。武者修行で頻繁に韓国を訪れ、現地の大会でも優勝した。韓国語の習得も早く、今は両親の通訳をするほどだ。好きな食べ物は焼肉とキムチチゲとか。まさに国際的棋士にはもってこいだ。「中国でも武者修行していた卓球の愛ちゃん(福原愛)のようになってほしいですね」と後藤九段は期待する。
そんな仲邑初段は「体育が大好き」で笑顔が可愛い。ご両親は歓迎したくない表現かもしれないが、時折見せる怖いほど聡明な瞳も印象的だ。「囲碁の勉強には不要」という両親の考えで自宅にテレビはない。わが子に英才教育を施したければ一度、テレビを捨ててみるのも策かもしれない。
(写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト)