定年後でも再雇用で年収1000万円の巨大新聞社 煙たい記者は追い出し部屋で飼い殺し
「うちは愛人、不倫、パワハラ、やりたい放題。そういう傷がないと中枢に入れない–」
深井はホテルのバーで吉須の口を衝いて出た愚痴を思い出した。吉須宛ての「別紙・参考資料」に書かれた内容は、日亜が大都以上に腐っていることをうかがわせるものだった。
気がつくと、電車は表参道駅を発車したところだった。次は渋谷駅。深井は慌てて、手紙を封筒にしまい、胸ポケットに戻した。渋谷駅で半蔵門線を下りた深井は、東横線の渋谷駅に向かった。しばらく待つと各駅停車が入線し、車両の隅に座った。特急が先に出るので、各駅停車は発車までに間があった。深井は封筒を取り出し、もう一度手紙にざっと目を通した。
深井は吉須のことをよく知らなかった。顔を合わすのは月に一度か二度、これまでに一杯やったのも数回、知らなくて当然なのだが、手紙を読むと、なぜ吉須が旅行三昧の日々を送っているのか、わかるような気がした。
「俺のことは『内に秘めた激情家』と書いていたけど、吉須さんは『孤独で饒舌なニヒリスト』ね。うまいこと表現するもんだ。市場原理主義と合うはずないな」
発車間際になり、各駅停車の車両も混み始めた。深井は手紙を封筒に戻し、胸ポケットにしまうと、目をつぶった。吉須の笑顔が瞼の奥に映った。
「手紙の狙いは俺たちを動かしたいんだろう。だが、あの人の絶望感というか虚無感は俺なんかの比じゃないくらい深い。吉須さんが果たして動く気になるだろうか」
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
【ご参考:第1部のあらすじ】業界第1位の大都新聞社は、ネット化を推進したことがあだとなり、紙媒体の発行部数が激減し、部数トップの座から滑り落ちかねない状況に陥った。そこで同社社長の松野弥介は、日頃から何かと世話をしている業界第3位の日亜新聞社社長・村尾倫郎に合併を持ちかけ、基本合意した。二人は両社の取締役編集局長、北川常夫(大都)、小山成雄(日亜)に詳細を詰めさせ、発表する段取りを決めた。1年後には断トツの部数トップの巨大新聞社が誕生するのは間違いないところになったわけだが、唯一の気がかり材料は“業界のドン”、太郎丸嘉一が君臨する業界第2位の国民新聞社の反撃だった。合併を目論む大都、日亜両社はジャーナリズムとは無縁な、堕落しきった連中が経営も編集も牛耳っており、御多分に洩れず、松野、村尾、北川、小山の4人ともスキャンダルを抱え、脛に傷持つ身だった。その秘密に一抹の不安があった。
※本文はフィクションです。実在する人物名、社名とは一切関係ありません。
※次回は、来週9月27日(金)掲載予定です。