だが、こうした見方に異を唱えるのが、7月に『日本経済 ここだけの話』(朝日新聞出版)を上梓し、ぐっちーさんのペンネームで知られる山口正洋氏だ。
モルガン・スタンレーなどを経て、現在は投資会社でM&Aなどを手がける投資銀行家であり、「AERA」(朝日新聞出版)や「週刊SPA!」(扶桑社)などに連載コラムも持つ山口氏に、
「経済情報を正確に伝えないメディア」
「アベノミクスで景気回復のウソ」
「円安進行は生活にマイナス」
などについて聞いた。
–本書では、第1章から「メディアも評論家もウソつきだらけ」と手厳しいですね。
例えば、総務省が7月30日に発表した6月の完全失業率は、リーマン・ショック当時の2008年10月以来4年8カ月ぶりに4%を下回り、3.9%となりました。また、同日に厚生労働省が発表した6月の有効求人倍率は0.92倍となり、08年6月以来、5年ぶりの高水準となりました。
この発表を受けて日本のメディアは、「円安を起点とする景気回復の動きが雇用にも広がり始めた」「外国からの観光客が増えて宿泊業の求人が増えるなど、サービス業の雇用も拡大」と、いかにも“すごいこと”が起きたという論調で報じています。
しかし、果たして本当に“すごいこと”が起きたのでしょうか? リーマン・ショックが起こる前、日本の景気はよかった。その時の失業率が3.9%でした。それがリーマン・ショックの影響で5%になり、今また3.9%に戻ってきただけの話です。だから、驚くようなことではありません。アメリカのように、5%の失業率が12%にまで悪化し、それがやっと7.6%にまで改善してきたという話とは次元が違います。
そしてメディアはこぞって、日本の失業率の改善は“アベノミクス効果”だとも書いています。政府の発表資料をそのまま垂れ流すから、こういう記事になるのです。まるで政府の広報機関であるかのようです。
メディアの役割は大事ですよ。政府の発表を精査し、「ここの論旨は矛盾しているのではないか?」「あまりにも数字をうまく使いすぎているのではないか?」そういう分析をした上で、情報をきちんと読者に伝えなければいけないと思っています。今の日本のメディアは、まるで戦時中の大本営発表のようです。大本営発表では毎日戦いに勝っているはずなのに、いつの間にか敵は沖縄にまで攻め込んできたという、まさにそれと同じことが起きているわけですね。
–プロの投資家たちは、日本のメディアの情報を信じていないということですか?
山口 一般の投資家の方々はメディアを信じ、メディアが配信する情報を信じていますが、プロの投資家は絶対に信じません。ロイターやブルームバーグ、そういう情報端末から出てくる情報も信用性が低い。というか、「間違ってはいけない」と思うために、すでに既知となった情報しか出さないわけですから、先行しなければならないという観点からすると、それを使っている限り、絶対に勝てません。プロは明かさないだけで、誰もが独自の情報ネットワークを持っています。「マーケットに影響力のある投資家は、次にどう動くだろうか?」マーケットにいる者同士でそういう情報交換ができるようなネットワークがあるわけです。きわめてヒューマンな世界ですよ。そういうヒューマンネットワークがない限り、この世界では勝てません。
日本でプロの投資家と呼ばれている方々には、サラリーマンが多いですね。でも、私は以前、米投資銀行のモルガン・スタンレーにいた時には5000億円くらいのポジションを持っていて、勝てば私のボーナスですが、負ければクビになるという状況にいたわけです。勝っても負けても決まった給料をもらえるサラリーマン投資家とでは、置かれている立場が全然違います。勝つための情報が必要なのです。だから、日本のメディアのひどさが余計に目につくわけです。
–一般の投資家の方々が正しい情報を入手するためには、どうすればいいのでしょうか?
山口 ある程度の知識を身につけて、メディアの情報を読みながら「これはウソだ」「ちょっとおかしい」という鑑識眼、選球眼を養っていただくしかありません。でもそれは決して難しいことではなくて、先ほど紹介した6月の完全失業率であれば、「リーマン・ショック前に3.9%だった失業率がリーマン・ショックの影響で5%に悪化した。それが今3.9%に戻った。このことは新聞が言っているほどすごいことなのか?」というようなことを、自分の頭で考える習慣をつけることです。つまり、情報を鵜呑みにしないということです。