●捜査陣にも迷いが……
なお、この事件では、捜査担当の主任検察官が、起訴の際に、一人で容疑者を訪ねてきて「とうとう起訴することになった。頑張って欲しい」と伝言していったという。捜査主任検察官の心中に秘められた「迷い、疑念」を示す事実である。現場の刑事たちの中にも、「彼女は犯人ではない」と言う者がいたという。こうしたことも、冤罪事件では時折みられることである。検察、警察の中にも存在する「良心」が、ちらりと顔を覗かせるのだ。
再審請求が棄却されているという事件の性質上、かなり詳しく記してきたが、検察の主張や第一審、控訴審各判決の認定には、ほかにも多々疑問が存在する。
さらに控訴審の裁判長は、公判前の三者協議の席上で、「被告人はどうも嘘をついているようだから、被告人質問の回数も制限的に考えています」と発言した(口をすべらせた)ということである(伊東書219頁)。これもまた、常識では到底考えられない、信じられない事柄である。
再審請求においては、以上に加えて、現場付近で炎を見たという別の女性Bさん(炎を見た3人の目撃証人のうちの1人。なお、本件における各目撃者は、それぞれ、現場から数百メートル離れた異なった場所から、炎や2台の車を目撃していたものであり、相互に連絡も面識もない)の、「午後11時15分ころ、22分ころ、42分ころ、午前0時5分ころの合計4回にわたって炎を見た。うち1回目と3回目は大きなオレンジ色の炎だった」という内容の供述調書等(そのうち再審請求棄却決定が信用性に欠けるとする検察官調書を除いたものを素直に読めばこう読める)が開示されており、真犯人たちが、現場で、容疑者がガソリンスタンドに立ち寄った時刻以降まで、死体を燃やし続けていた可能性が示唆されていた(11時42分ころにも炎が大きかったことは、そのころ燃料が追加されたことをうかがわせる。10リットルの灯油だけでは、炎はすぐに小さくなってしまうはずだからである〔伊東書166頁〕)。
再審請求棄却決定は、例えば、死体の燃焼の程度については「皮下脂肪が溶け出せば不可能とはいえない」、現場付近で炎を見たBさんは「炎だけでなくその上部の微粒子による反射部分をも含めて大きな炎を見たと言っている可能性もある」、Bさんが最初に炎を見た11時15分から容疑者がガソリンスタンドに着いた11時30分までには15分しかなく、走行実験によれば現場からガソリンスタンドまで(約15kmの距離がある)は速度超過をしても20分程度はかかる(なお、検察も認めるところによれば、15分だと、街路灯もない凍結した道路を時速100kmで走ったことになるという)から、「容疑者にはアリバイが成立する可能性が一応はある」が、しかし、「やはりそうでない可能性もある」とし、また、炎の目撃者の各供述をきわめて恣意的に評価して、以上のような認定判断とつじつまを合わせている。
また、被害者の携帯電話の発信記録を作成したという北海道セルラー電話株式会社(現KDDI株式会社)の職員の証言した方法ではそのような記録は再現できない、という弁護側の主張についても、「必ずしもそうでもない」と答えているのだが、この部分も、正直にいってその論理の流れがよく理解できず、説得力に乏しい(もっとも、私は、前記のとおり、いずれにせよ、この証拠に大した価値、証明力はないと考えているが)。
全体として、この裁判の証拠評価は本当にほしいままで、呆然とせざるをえない。裁判官たちは、有罪推定どころか、可能性に可能性を重ね、無理に無理を重ね、何としてでも「有罪」という結論に到達しようと、なりふり構わず突き進んでいる印象がある。袴田事件、足利事件、東電OL殺人事件のように再審請求にDNAに関する鑑定等の強力な裏付けがある場合はよいが、そうでない限りこのような強引な事実認定が通ってしまうことがありうるのかと思うと、暗澹たる気持ちにならざるをえない。