安倍政権が健康食品やサプリの機能性表示の規制を緩和させていく狙いには、医療費の削減がある。日本では年間に約1兆円ずつ医療費が増大し、健康保険財政などを圧迫している。ここに手を打たなければ、いずれ国民皆保険制度は維持できなくなる可能性がある。圧迫の大きな要因は、病院にかからなくていい程度の病気でも病院に行き、しかも大量に薬が処方されていることにある。筆者の知る限り、高齢者の間では、貼り薬や風邪薬を医者に頼んで他人の分まで処方してもらうケースがある。国民皆保険制度によって、本人の負担は少なくても、結局は健康保険財政の負担が増え、いずれそのツケは、保険料の値上げなど国民に回ってくる。
また、日本人の平均寿命は延びたものの、元気に生活できる「健康寿命」は男性で70.4歳、女性で73.6歳であり、平均寿命との差は10歳近くも開いてしまった。70歳頃に健康を害して、余命を薬漬けで過ごすケースも多い。こうしたことも積み重なって医療費の増大につながっている。適切に医療を受ける権利は否定されるべきではないが、薬への過度な依存には問題があり、自助努力で健康を守っていくことの重要性は指摘されるべきである。こうした構造がまかり通っている背後には、厚生労働省-医師-製薬業界が癒着した「業界トライアングル」があることも否定できないだろう。
規制改革の政策には、医療費の増大に対応すべく、国民が自助努力で健康食品やサプリを活用して自分の健康は自分で守り、薬漬けにならない健康的な生活を目指す社会を構築していくという狙いが含まれている。「セルフケア」や「セルフメディケーション」という考え方が大切になってくるだろう。
●グレーンゾーン広告が氾濫する背景
しかし、現状では薬事法などによって健康食品やサプリに機能性を表示することができず、消費者に適切な情報が開示できない。その結果、グレーゾーン的な広告が氾濫する。その象徴的なものが、グルコサミンの広告で女優が膝に手を当てて回しながら「ぐるぐるぐるぐる グルコサミン」などと口ずさむテレビCMだろう。薬事法では薬以外は部位指定や効能を表現することが禁止されているため、「膝に良い」とは文字で表現できないが、女優が膝に手を当てているだけで「膝に良い」とは言っていないので、グレーゾーンなのである。もちろん消費者は、膝が痛い人が飲むものと受け止める。
規制緩和によって、科学的なエビデンスがあれば、「膝の健康に良い」「関節の健康を促進する」などの表示ができるようになる。消費者に誤解を与えず、選ぶための情報を正確に提供していく狙いもあるのだ。消費者がその効果を正確に理解しないまま飲むということは、消費者保護の観点から見てもよくない。摂取することでどのような効果が期待できるのかを、明確にする必要がある。また、機能性をしっかり表示できるようになれば、薬との飲み合わせの注意も表現できるようになるはずだ。
安倍政権がモデルとしている規制改革は、米国が1994年から始めた「ダイエタリーサプリメント制度」にある。医薬品とサプリの区別やサプリ摂取の目的の明確化、サプリに対する知識と理解の促進、産業育成、医療費削減などの目的で始まったものだ。この結果、米国ではサプリや健食産業が急成長し、約20年間で商品数が16倍、業界全体の売上高も7倍の約4兆円にまでそれぞれ拡大した。例えば、エキナセアやイチョウ葉エキスなどは、加工方法や調整方法が進歩して品質が高くなるのと同時に、市場規模が拡大すると、他国からウコンなどの新しい素材も持ち込まれ、最新の加工法とミックスして機能性が強くなった商品もある。米国では規制緩和によって好循環が生じ、そこからイノベーションが生まれた。そのプロセスでは悪徳業者も出現したが、結局は消費者の選択肢が広がると同時に消費者の目が肥えて、優良業者のみが生き残る結果となった。
実は先進国でサプリや健康食品の定義が法的に明確になっていないのは日本だけである。ドイツでは「アポテイク」と呼ばれる薬局があり、そこでは医師が薬を飲むほどの症状ではないと判断すると、ハーブなどの健康食品を処方することもある。TPP(環太平洋経済連携協定)によって、健康食品やサプリの国際的な流通が増えることも想定されるため、機能性表示について各国間で整合性を取る動きも起きている。例えば、ASEAN(東南アジア諸国連合)は、米国のダイエタリーサプリメント制度を参考にしようとしている。日本もグローバルスタンダードに対応しなければ、世界で後れを取ってしまう可能性がある。
(文=井上久男/ジャーナリスト)
※後編へ続く