緊急出版でもボロ儲け目論んだ朝日、なぜ橋下徹からフルボッコに?
人材の劣化の一言に尽きる。朝日新聞出版では、毎週、社長出席のもとで、部長会が開かれるという。発売日の前週に開いた会議では、雑誌担当の責任者が嬉々として「週刊朝日が10月26日号から、すごい連載を始める。十数回連載して早ければ年内にも単行本として緊急出版し、十数万部は売れる。期待してほしい」という趣旨の報告をしたというのだ。
もし、ジャーナリズムがなんたるかを知り、経験を積み、実績のある記者か編集者あがりの幹部がいたら、異論を差し挟んだかもしれない。しかし、そんな異論は出なかったようだ。編集部内は17日に橋下市長が取材拒否を表明した直後ですら「イケイケ、ドンドン」ムードが充満していたという。しかし、「捕らぬ狸の皮算用」は2日後の19日には“露と消えて”しまったのだ。もっとも、この騒動の結果、10月26日号は19日の金曜日には完売になったというが、連載中止という幕引きとなり、その代償はとてつもなく大きい。
●ますます狭くなる、許容される報道範囲
ここ10年の名誉毀損裁判で、民事法で許容される報道や論評の範囲はどんどん狭くなっている。報道機関の読売、日経が自ら原告となり、名誉毀損裁判を起こし、その流れを加速させている。そこに、今回の事件である。論評や報道する対象のバックグラウンドとして出自やルーツに言及することすら、難しくなるかもしれない。
読売の大誤報は、週刊朝日発売の5日前の10月11日朝刊1面だ。「iPS心筋を移植」との見出しで、東大医学部付属病院特任研究員で「ハーバード大客員講師」と自称する森口尚史氏らが、あらゆる種類の細胞に変化できるiPS細胞(人工多能性幹細胞)から心筋の細胞をつくり、重症の心不全患者に細胞移植する治療を6人の患者に実施したことがわかった、と報じたのだ。
iPS細胞の開発で、2012年のノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授本人は「臨床実験はこれからだ」と明言している。素人でも、森口氏の話は眉つばと疑ってかかる。それなのに、「ほら話」を真に受け、大誤報をやらかしたわけだ。人材の劣化を象徴する出来事と言わざるを得ない。読売の報道を追いかけるかたちで森口氏について報じていた共同通信も同様だ。
●誤報のお詫びをしない日経新聞
しかし、読売と共同は誤報の経緯を検証し、週刊朝日もこれから連載記事の経緯を検証するというのが救いだ。人材の劣化で突出している日経新聞は、誤報には頬っ被りを決め込み、お詫びもしない。
例えば、1年余り前の11年8月4日付朝刊の日立製作所、三菱重工業の経営統合の大誤報では、訂正記事すら載せていない。7年半前の05年2月10日付朝刊の三井住友銀行と大和証券グループ本社の経営統合の大誤報では、半年以上たって、事実上誤報を認める記事は載せたものの、大誤報に社長賞を授与するという前代未聞の珍事までを起こしている。
日経は、報道機関の生命線ともいえる、取材源の秘匿の原則さえ放棄している。大阪府枚方市の元市長が、談合事件に関する記事で名誉を傷つけられたとして、日経に損害賠償を求めた訴訟で、日経は大阪地検検事正、次席検事の取材メモを証拠として提出してしまったのだ。しかも取材メモの中身たるや、具体性の乏しい、いわゆる「禅問答」みたいで、世間にお披露目するのが恥ずかしいような、裁判を有利にする証拠となるかどうか極めて疑わしい代物だ。実際、地裁判決は日経の報道について「検察幹部から断片的な発言を引き出し、あたかも事実であるかのように粉飾して報じたとの疑いを受けてもやむを得ない」と非難し、賠償を命じている。
いずれにせよ、大新聞社で劣化が激しいのは、デスク以上の幹部社員と経営陣だ。「世渡り上手」か「ごますり」しか、残っていないと言っても過言ではないだろう。
若い記者たちには優秀な人材がいても、時間の経過とともに劣化するのは必定だ。「朱に交われば赤くなる」し、「悪貨は良貨を駆逐する」のである。
●大塚将司(おおつか・しょうじ)
作家・経済評論家。著書に『流転の果てーニッポン金融盛衰記 85→98』(きんざい)など