つまり塩崎大臣の本音は、「経済界に今は静かにしていてほしいが、法案が成立すれば、いずれ経済界が望んでいる対象者の拡大をしますよ」と約束しているに等しい。
なぜこんな発言が飛び出したのか。塩崎大臣も「経団連がさっそく1075万円を下げるんだと言ったもんだから」と話している。これは残業代ゼロ法案が4月3日に閣議決定された直後の6日、榊原定征経団連会長の記者会見における発言を指している。榊原会長は高度プロフェッショナル制度について「制度が適用される範囲をできるだけ広げていっていただきたい」と述べている。もっとも、この発言は驚くに値しない。榊原会長は以前に「少なくとも全労働者の10%程度は適用を受けられるような制度にすべきだ」と発言し、これまでも対象者の拡大を求め続けてきた経緯がある。
対象の拡大についてより踏み込んだ要望をしているのが、同じ経済団体の経済同友会だ。厚生労働省の審議会が法案内容のベースとなる報告書を提出したことを受けて、3月17日に意見を発表している(長時間労働是正と高度プロフェッショナル制度に関する意見)。
高度プロフェッショナル制度の対象者は年収要件と対象業務を省令で定めることになっている。具体的な対象業務としては「金融商品の開発、ディーリング、アナリスト、コンサルタント」などが例示されているが、詳細については法案成立後に定めることになる。この対象業務について経済同友会は、「限定的に対象業務を列挙することは極めて困難だ」と指摘し、こう主張している。
「個別企業の労使で話し合い、適切な業務を設定することが妥当であり、本制度の活用を阻まないような制度設計にすべきである。(略)上記(1)のとおり、対象労働者を狭く限定していることから、対象業務については、過度に限定する必要はない」
上記(1)とは年収要件の1075万円を指す。要するに「年収要件が高いのだから、せめて対象業務は個別の会社で決めさせてほしい」と言っているのだ。個別の企業で対象業務を決められるようになれば、当然対象者は広がる。とくに大手企業の中には40代以上で1000万円を超える層も少なくない。また、その人たちに残業代を支払うことで管理職の給与との逆転現象も起きており、制度の対象者にしたいとの思惑もある(詳細は拙著『2016年残業代がゼロになる』<光文社>参照)。
過去のトラウマ
こうした経団連や経済同友会など経済界の要望は、今に始まったことではない。第一次安倍政権下で残業代ゼロ制度が浮上する前後において、政府・自民党に同じ要求を繰り返していたからだ。そうした過去の経緯を踏まえた場合、今回の塩崎発言は2つの点から重要な意味を持つ。