地球温暖化による気候変動の影響もあって、近年のわが国では大規模水害が常態化、毎年のように尊い命が奪われ、多くの人が住まいや田畑、仕事場などを失っています。ただ、調べてみると、その被害のほとんどはハザードマップの被害想定地域内で発生していることが分かっています。改めて、ハザードマップの重要性を確認しておく必要があります。
大規模水害が常態化している日本の現実
2020年7月、九州や中部地方を中心に激しい豪雨に見舞われ、気象庁は、「令和2年7月豪雨」と命名しました。7月18日現在、死者は77人、心肺停止1人、行方不明7人、家屋の全壊585棟、浸水被害1400棟以上に達しています。
わが国では、図表1にあるように、このところ毎年のように大規模な豪雨被害に襲われています。地球温暖化による気候変動の影響ともいわれ、今後もますます豪雨被害が増えるのではないかといわれています。
新型コロナウイルス感染症では、最近は「ウィズコロナ」といわれ、ワクチンなどによって完全にコントロールできるようになるまで、「うつらない」「うつさない」の「新しい生活様式」が求められています。豪雨に関しても、気候をコントロールできない以上、豪雨に襲われても負けないだけの対策を立てておく必要があります。
水害に遇わないための住まいづくりは簡単じゃない
そのためには、洪水に見舞われても流されない頑丈な家を建てる、浸水しても垂直避難できる3階建て、4階建てなどの高い建物にする、そもそも土台部分を嵩上げする――などの対策が想定されます。しかし、水害に負けないそんな住まいにするには、新築だと通常の建物の2倍以上の予算が必要になるかもしれませんし、リフォームではいくらお金をかけても、実現性は難しいかもしれません。
いまひとつ、東日本大震災の津波被害に遇った地域の多くがそうだったように、集団で高台移転するなどの対策も考えられます。しかし、これは行政が主導して大胆な予算措置をしないと、現実性は乏しいでしょう。南海トラフなどによる大規模地震、津波が想定されるエリアでは、市町村などが集団で高台移転を計画するケースもありますが、実現は簡単ではありません。津波対策といっても、先祖代々住み続けてきた住まいを放棄するわけにはいかないという人も多いでしょう。それは水害対策においても同様です。
過去の水害の多くはリスクの高いエリアで発生
そうなると、個人の判断で水害の可能性の低いエリアに引っ越すしかありません。政府は水害被害を少しでも減らすために、全国の自治体にハザードマップを作成して、住民にそれを周知底するように呼びかけています。そのハザードマップで安全なエリアを見つけて引っ越すのが、自己責任における安全・安心の確保につながります。
というのも、ハザードマップの信頼性は高く、最近の水害被害の多くは、そのハザードマップにおいてリスクが高いとされているエリアで発生しているのです。図表1にある「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」に関する中央防災会議の報告書では、次のように記載されています。
「多くの被害は、災害リスクが高いと公表していた地域で発生した。例えば、岡山県倉敷市真備地区の浸水範囲は、ハザードマップで示されている浸水想定区域と概ね一致しており、犠牲者のほとんどが非流出家屋の屋内で被災した可能性がある。また、土砂災害の死者のうち、約9割が土砂災害警戒区域内等で被災した」
逆にいえば、ハザードマップでリスクが低いとされるエリアに住んでいれば、絶対とはいえないまでも、概ね被害に遇わないと考えていいわけです。
令和2年7月豪雨でも被害はほとんど危険エリア
これは、20年7月の「令和2年7月豪雨」にもあてはまります。ある防災の専門家は、「まだ調査途上」としながらも、「死者や行方不明者は、ほとんどハザードマップ等で示されている危険箇所で発生しており、予想もつかないところで、多数の被害が生じてるわけではない」としています。
つまり、水害に遇わないためには、水害が想定されるエリアに住まなければ、ほとんど心配はないとしているのです。実際、熊本県球磨村の特別擁護老人ホーム「千寿園」では、14名の死者を出しましたが、自治体のハザードマップでは、被害想定エリアのなかに入っています。死者を出したり、そのほか床上・床下浸水した家屋のあるエリアは概ねリスクの高いエリアに指定されていました。
逆にいえば、同じ球磨村でもハザードマップでリスクが低いとされているエリアでは、さほど深刻な被害を受けていない場所もあります。
このため、国土交通省では、20年7月17日、宅地建物取引業法施行規則の一部を改正、不動産取引時において、水害ハザードマップにおける対象物件の所在地を事前に説明することを義務付ける命令を公布しました。施行は8月28日となっています。
リスクの高いエリアの物件は売りにくくなる?
このハザードマップ、国土交通省のハザードマップポータルサイトでチェックすることができます(国土交通省ハザードマップポータルサイト)。都道府県名、市区町村名をクリックしていけば、そのエリアのハザードマップを見ることができます。今後は、不動産取引に当たっては、図表2のガイドラインにあるように、そのハザードマップの最新版を印刷の上、重要事項説明時にそのマップのどこに売買の対象物件があるかを示すことを義務付けるわけです。
ハザードマップでは、浸水の可能性のあるエリアは赤などが色濃く塗り分けられていますから、そのど真ん中に位置するような物件だと、かなり売りにくくなるのではないでしょうか。場合によって、そうしたエリアの物件の価格が下がる可能性すらありそうです。それぐらい、インパクトが大きい今回の説明の義務化だと考えられます。
人気が高まっている下町方面は要注意?
たとえば、東京都の江東5区(江東区、江戸川区、墨田区、葛飾区、足立区)では、荒川と江戸川が氾濫した場合、ほとんどの地域が水没し、人口の9割以上、250万人が被害に遇うとされています。最大で10m以上の浸水に見舞われ、長いところだと2週間以上浸水が続く――とされています。
最近は下町人気が高まり、江東区の豊洲や門前仲町、足立区の北千住などが各種の「住みたい街ランキング」などで上位に入るようになっていますが、こうした水害のハザードマップをチェックすれば、ちょっと住むのをためらう人も出てくるのではないでしょうか。
いずれにしても、これからマイホームを選ぶのであれば、必ずハザードマップをチェック、安全・安心に暮らせる場所選びを心がけるのがいいでしょう。
(文=山下和之/住宅ジャーナリスト)