古代の驚きの石造品
いったい古代の人々は、どうやってこんなものをつくり上げたのだろうか? そう思えるものは数多い。たとえば、巨石を利用した数々の遺跡や砂漠の地下を数十キロも走る水路(カナート)はまさに驚異的である。これらの作業には、共通して、石を削って加工する技術が求められるが、そんな技術を極限まで高めたものが古代エジプトでつくられた石の器だろう。
不思議とあまり知られていないようだが、紀元前4000年頃から紀元前4世紀頃まで、エジプトでは石の器が多くつくられた。粘土を焼いて作った器ではなく、さまざまな種類の硬い石の内部を注意深く削ってくり抜いた器である。中には、向こう側が透けて見えるぐらい、厚みの薄い器もある。また、複雑な曲面で構成された工芸品もある。
あらためて疑問が生じる。どうやってつくられたのだろうか?
もちろん、粘土による成形と違って、一回の不注意でも石は簡単に割れてしまい、器の機能を果たさなくなる。鏨(たがね)のようなものを加工面に当て、叩いて削っていくわけにはいかない。また、線対称の美しい外形を生み出すには、ただフリーハンドで削っていくには無理がある。
そこで、古代エジプト人が利用したのがドリルという工具であった。
大きな瓶(かめ)をつくり上げるには、棒の先端に硬い石の刃を取り付け、上から負荷をかけながらぐるぐると回転させて削っていった。口がつぼんだ壺の場合、途中で刃の向きやサイズを変えるか、挿入する棒の角度を変えるなどの工夫が必要だったと思われるが、内部はほぼ均等に上手く削られている。使用された石は、比較的柔らかいアラバスター(方解石)や石灰岩だけでなく、硬い花崗岩や玄武岩のような石も使われていることは注目に値する。
だが、驚くべきことはそれだけではない。完成状態の器だけでなく、くり抜かれた円柱状の石も残されているのである。つまり、パイプ状の刃が存在したのだ。パイプ状の刃が存在すれば、削りかす(岩粉)が少なくて済むと同時に、無駄に多く削られる領域が減り、より精巧な器をつくり出すことができる。
具体的には、青銅製パイプ刃の軸に紐を巻きつけ、それを弓に渡し、その弓を前後させることで軸に回転を与えて削っていったと考えられている。
実際に検証実験が行われており、石英の粉末を研磨剤に使用し、銅製パイプ刃を付けた弓錐を毎分60往復させると、1kg/平方センチの力で花崗岩を1時間で5.2立方センチ削り、20時間で6センチの長さの円筒形の穴を開けられることがわかっている。
だが、これでも気の遠くなるような作業のように思える。決して強度が十分とは思えない青銅のパイプ刃は頻繁に交換され、負荷をかけすぎて器を割らないよう細心の注意が払われたはずである。