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安倍政権、保育園で無資格者起用の方向か…人件費削減優先で保育園が悲惨になる危険

文=小川裕夫/フリーランスライター
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安倍政権、保育園で無資格者起用の方向か…人件費削減優先で保育園が悲惨になる危険の画像1安倍首相(写真:つのだよしお/アフロ)

 長らく市町村を苦しませ続けてきた待機児童問題。待機児童数の多い自治体は、保育行政に手を抜いていると思われ、イメージが悪化していた。以前であれば自治体もそれぐらいのイメージ悪化を気にしていなかったが、昨今は事情が大きく異なる。すでに、人口減少は顕著になっている。しかも、65歳以上の高齢者の人口割合は年を経るごとに増加。高齢化は税収が減少するだけではなく、医療費や介護費といった社会保障費増にもつながる。地方自治体にとって死活問題なのだ。

 そうした高齢化を食い止める術は、出生率を増加させるしかない。しかし、出生率を上げても、すぐに子供たちが税金を納めるようになるわけではない。そうしたことから、地方自治体は20~30代の呼び込みに必死になっている。その売り文句が、子育て支援というわけだ。

 待機児童が多いという負のイメージを少しでも誤魔化すため、地方自治体は本来なら待機児童にカウントする保育園に入れない子供たちを待機児童とは呼ばず、別の呼称を用いることで負のイメージを緩和してきた。自治体によって呼び方が異なるが、“隠れ待機児童”とも呼ばれて問題視されてきた。

 この問題が深刻化したこともあり、厚生労働省は待機児童の新しい定義を制定。今年度より、新定義による待機児童のカウントが始まった。数字の誤魔化しがきかなくなった自治体は慌てて保育所の新増設に動いた。その成果もあり、今年度の待機児童数は数字上では減少した。

 そして、自治体にとって子育て支援は重い負担になりつつある。東京や大阪といった都市部では保育所の敷地を確保することが難しい。

厳しい労働環境

「それ以上に保育所の新増設の障壁になっているのが、保育士の確保」(東京23区の保育担当職員)

 これまで、一般的に保育所では20代の女性保育士が主戦力を担ってきた。しかし、保育士は薄給で長時間労働。くわえて有休も満足に取得できない。休みの日でも、お遊戯会や運動会などのイベントの準備に追われる。保育士にとって、休日はあってないようなものになっている。さらに、新婚旅行で休みを取得できない。そのため、週末を利用した1泊2日もしくは2泊3日の国内旅行がせいぜい。それも、上司や同僚に平身低頭しなければ覚束ないところも多い。

 また、結婚後も保育士には厳しい試練が待ち受ける。主戦力を担う20~30代の女性保育士は、いわゆる出産適齢期でもある。しかし、多くの保育所では保育士が2人以上同時に産休・育休を取得されてしまうと、たちまち人手が不足する。そのため、妊娠・出産は順番性という暗黙のルールが決められ、先輩からその順番が回っている。

「この妊娠・出産の順番ルールを破ることはご法度とされている。少しでも妊娠しにくかったりすると、たちまち仲間から爪はじきにされるところもある」(保育業界関係者)

 当然ながら、こんな労働環境下で働きたいと考える人は少ない。保育士が慢性的な不足に陥るのは当然の話なのだ。

 自治体は、こうした保育士不足を解消するべく多額の予算を計上。保育士の給料を上げたり、家賃補助をしたりと大胆な処遇改善を進めてきた。また、保育士が子供を預けて職場復帰する場合は、優先的に保育所に入園できるようなシステムも導入した。

「いまや東京23区のすべての自治体が、あの手この手で保育士の確保に努めている」(前出・東京23区職員)

 待機児童問題の解消を最重要課題に据えていた千代田区では、新卒保育士に奨学金の返済支援まで実施。金銭面では、保育士の処遇改善は少しずつ進められてきた。しかし、保育士の絶対数がいきなり増えることあり得ない。そこで自治体は、過去に保育士として勤めていたものの、今は保育士として勤務していない潜在保育士に注目。保育士資格を有する人が、出産後に職場復帰せずにそのままスーパーやコンビニエンスストアのパートに従事していることも珍しくない。せっかくの国家資格である保育士が活用されない状況は行政にとっても損失でしかない。潜在保育士に職場復帰を促すことで、行政は保育士不足の解消に努めようとした。

 保育士不足により、自治体間の保育士の確保競争が激化。それは、当然ながら保育士にかかる人件費の高騰を招くことにもなった。

「もともと保育士の給料は、ほかの職種と比べても低すぎました。勤続20年でも手取り10万円台ということは珍しくありません。そのため、高騰したといっても人並みにはまだ届かないのが現状です」(前出・保育業界関係者)

規制緩和の動き

 それでも、保育士の人件費高騰を快く思っていない自治体がいくつかある。その筆頭といえる存在が大阪府、そして大阪市だ。

 大阪府と大阪市は、保育所の面積要件や保育士配置基準などの規制緩和を打ち出している。子供を預ける保育所や小中学校などでは、子供たちの安全を最優先するために厳しい基準が設けられている。児童福祉法では、認可保育所には0~2歳児未満までの乳児室は1人当たり1.65平方メートル、ほふく室は1人当たり3.3平方メートルを確保するように定めている。これを満たさなければ、保育所として認可されない。いわゆる、認可外保育所となる。

「この面積要件は、あくまでも最低限。この下限では狭いという声も現場から出ています。そのため、多くの保育所では下限よりも広い面積を確保しています」(前出・東京23区職員)

 しかし、面積を広くすれば、それだけ施設整備にも費用がかかる。こうした費用負担を縮減するべく、大阪府と大阪市は国家戦略特区を活用して規制緩和を働きかけ続けている。大阪府と市の国家戦略による規制緩和の提案は、言い換えるなら「もっと狭い場所でも、子育てはできる」ということだ。

 また、保育行政はハード面もさることながら、安全面からソフト面でも厳しい基準が設けられている。たとえば、保育士1人が面倒を見られるのは0歳児だと3人まで。1歳以上~3歳未満までは、6人まで。保育士の目の届く人数に抑えることで、事故が起きないようにしている。

 つまり、いくら保育所というハード面をたくさん整備して、たくさんの乳幼児を受け入れることができるようになっても、比例して保育士を多く雇わなければならない。大阪府と市は、保育士不足の解消策として保育士の配置基準の規制緩和まで掲げている。保育士の配置基準で、もっとも厄介な部分は「保育に従事する者はすべて“保育士”であること」という規則だ。従来、認可保育所は国家資格を取得した保育士を配置することになっている。

 国家資格であることからもわかるように、保育士の養成は容易ではない。これが人材不足を引き起こし、さらには人件費の高騰に拍車をかけている原因だとして、大阪府と市は「一定数の有資格者がいれば、無資格者でも保育に従事できる」ように保育士の配置基準の規制緩和を提言。

 現在でも保育補助員を採用している保育所はある。それは、あくまでも保育士の負担軽減を図るものであり、保育士を代替するものではない。保育補助員を雇ったからといって、保育士数を減らすことはできない。

 大阪府と市の規制改革案は、一定数の有資格者を配置すれば、無資格者で保育士定員を満たすことも可能としている。大阪府と市は、これを“チーム保育”と呼んでいる。一見すると、“チーム保育”は人材不足を解消する改革のように響く。しかし、大阪府と市が提唱する国家戦略特区は、保育の質を著しく低下させる可能性が極めて高いと懸念されているのだ。

「今でさえ、保育士のつなぎ止めは厳しい状況です。本来なら、保育士の待遇改善を進めると同時に保育士の数も増やして負担軽減を図ることで保育士をつなぎとめるのが行政の仕事です。それにもかかわらず、無資格者を登用することで保育士の人件費を抑制するという間違った方向に保育行政が進もうとしています。保育士の配置基準を緩和すれば、保育士の負担は増大し、現場の保育士が混乱することは自明です。間違いなく、保育士の離職者は急増するでしょう。保育士が少なくなれば、保育の質はますます低下します。悲惨な事故が多発する可能性も高まります」(保育業界関係者)

 大阪府と市が一体になって要望してきた国家戦略特区による保育士配置基準の規制緩和策を、安倍政権は受け入れる方向で調整に入った。保育行政の使命は、子供の安心・安全を確保することが第一のはずだ。行政の都合を最優先した改革という美辞麗句で、保育の質を低下させる虚飾の政策が進められようとしている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)

小川裕夫/フリーライター

小川裕夫/フリーライター

行政誌編集者を経てフリーランスに。都市計画や鉄道などを専門分野として取材執筆。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『私鉄特急の謎』(イースト新書Q)、『封印された東京の謎』(彩図社)、『東京王』(ぶんか社)など。

Twitter:@ogawahiro

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