日本銀行本店(「Wikipedia」より/Wiiii)
例えば、将来を考えて自宅をバリアフリー化しようとした場合、建設コストが将来的に割高になると予想すれば、貯蓄を減らしてなるべく早めに工事を発注するだろう。これに対して、建設コストが割安になると予想される場合には、何も今すぐバリアフリー工事が必要というわけではないので、とりあえず本当に困るまで工事は延期しようという話になる。
これは家電製品や自動車の購入でもまったく同じだ。人々はそれぞれが持つ「感覚」によって微妙なシグナルを感じ取り、将来的な経済状態を予想する。そのシグナルとは、例えば「同業他社が突如として銀行借り入れを増やし、設備投資を始めた」とか、「隣の住人が今年は頻繁に海外旅行に出かけていることを、お土産で気付く」とか、「親戚が住宅ローン破綻した」とか極めて些細な出来事だ。
優秀な経営者はシグナルを捉える名人でもある。逆に、無能な経営者はノイズをシグナルと見間違える。1989年に日経平均が3万9800円台のピークを付けた後、90年に1万円以上暴落した。これを一時的な調整と見るのか、長期的な暴落と見るのか、それが運命の分かれ道だった。
50年代のアメリカは空前の消費ブームに突入した。これを一時的なものと見なし、いずれまた世界恐慌のようなデフレになると考えた企業があった。カタログショッピングという手法を世界で初めてつくり上げたモンゴメリーワードという百貨店である。投資をケチって内部留保を積み上げた結果、銀行借り入れを増やして大都市周辺地域まで積極的に進出した後発組のメイシーズなどに追い抜かされた。そして、最盛期250店舗を誇った店舗網は30店舗まで縮小し、いまから14年前に倒産してしまった。
なぜ50年代のアメリカで人々は貯蓄を減らして消費を増やしたのか、そして90年代の日本で人々はなぜ消費を減らして貯蓄を増やしたのか? そもそも、人々が貯蓄率を変化させる原因となる期待は、なぜ生じるのだろうか? 将来的にモノが不足すると考えるインフレ期待も、その反対のデフレ期待も、人々がそう期待するからには何か根拠がある。人々が「シグナル」として捉えたものが発生した根本の原因を探るために、実は経済学はとても役に立つ。
●政策の「レジーム転換」が「期待の転換」をもたらす
経済学の知見によれば、人々の「期待の転換」をもたらしたのは政策の「レジーム転換」である。89年1月、日本銀行はすでに史上空前の低金利となっていた公定歩合を将来的に引き上げる引き締め政策に転換した。翌年には公定歩合は6%まで急激に引き上げられたのだ。最初に反応したのは株式市場である。将来的な資金調達コストの上昇を見込んで、企業業績が悪化すると予想したのだ。次に反応したのは土地価格である。91年をピークに地価の値下がりが始まった。95年には住専問題が発覚し、それが97年から98年にかけての金融機関の相次ぐ破綻へとつながり、多くの国民がこの時やっと日本経済に異変が起こっていることに気づいた。目端の利く人は、89年1月の日銀の政策変更を見逃さなかっただろう。しかし、大抵の人はボヤボヤしていたのだ。