
「私はゴースト(お化け)に会った……、と言っても夜な夜な古びた洋館に出没するあれではない」と、こんな書き出しで、米国のあるジャーナリストが書いた記事は始まります【註1】。お化けの正体はゴーストライターです。日本でも、たとえば聴覚障害がある人が作曲したはずの交響曲に、実はゴーストライターがいたというゴシップなどは記憶に新しいところです。
以下、米国のゴーストライターの告白も含め、薬の効能を報じた医学論文の執筆に秘められた、驚きの事実をご紹介いたしましょう。
世界各国に拠点を置く巨大な製薬企業(ビッグ・ファーマ)が次々に開発する「新薬」は、宣伝の仕方次第で巨万の富を稼ぎだす可能性を秘めています。たとえばジプレキサという統合失調症の薬は爆発的に売り上げを伸ばし、ピーク時には米国内だけでも5000億円を稼ぎ出しました【註2】。
さて、薬の調査は、その立案からデータ分析にいたるまでが非常に複雑で、膨大な時間と高度な技量を要する仕事です。かつ、データをまとめた論文を投稿したあとも専門家による厳しい審査があり、書き直しを繰り返し求められるのが普通です。そのため論文の執筆は、一人の医師の手には負えないほどの大仕事になりつつあります。
ゴーストライターたちの仕事は、その肩代わりをしてハイレベルなプロフェッショナルとして論文を書くことであり、1回分の報酬が30~40万円を超えるとされています。しかし、彼らの名前が専門誌に載ることは決してなく、それどころか「関わった」ことのいかなる痕跡も残さないことが、製薬企業から求められています。
インタビューに応じたゴーストライターによれば、同業者が書いた論文かどうかを見分けるのは簡単だとのこと。超多忙なはずの有名医師が突然、一流と目される専門誌に長文の論文を書いたとき、ゴーストライターが書いたと思ってほぼ間違いないのだとか。
名前も顔も知られていない人、あるいは学術集会で研究発表をしていながら英語をうまくしゃべれない人が、いきなり超一流の専門誌に論文を載せたときも怪しいそうです。日本国内でも思い当たる事例がいろいろあります。