規制緩和の動き

 それでも、保育士の人件費高騰を快く思っていない自治体がいくつかある。その筆頭といえる存在が大阪府、そして大阪市だ。

 大阪府と大阪市は、保育所の面積要件や保育士配置基準などの規制緩和を打ち出している。子供を預ける保育所や小中学校などでは、子供たちの安全を最優先するために厳しい基準が設けられている。児童福祉法では、認可保育所には0~2歳児未満までの乳児室は1人当たり1.65平方メートル、ほふく室は1人当たり3.3平方メートルを確保するように定めている。これを満たさなければ、保育所として認可されない。いわゆる、認可外保育所となる。

「この面積要件は、あくまでも最低限。この下限では狭いという声も現場から出ています。そのため、多くの保育所では下限よりも広い面積を確保しています」(前出・東京23区職員)

 しかし、面積を広くすれば、それだけ施設整備にも費用がかかる。こうした費用負担を縮減するべく、大阪府と大阪市は国家戦略特区を活用して規制緩和を働きかけ続けている。大阪府と市の国家戦略による規制緩和の提案は、言い換えるなら「もっと狭い場所でも、子育てはできる」ということだ。

 また、保育行政はハード面もさることながら、安全面からソフト面でも厳しい基準が設けられている。たとえば、保育士1人が面倒を見られるのは0歳児だと3人まで。1歳以上~3歳未満までは、6人まで。保育士の目の届く人数に抑えることで、事故が起きないようにしている。

 つまり、いくら保育所というハード面をたくさん整備して、たくさんの乳幼児を受け入れることができるようになっても、比例して保育士を多く雇わなければならない。大阪府と市は、保育士不足の解消策として保育士の配置基準の規制緩和まで掲げている。保育士の配置基準で、もっとも厄介な部分は「保育に従事する者はすべて“保育士”であること」という規則だ。従来、認可保育所は国家資格を取得した保育士を配置することになっている。

 国家資格であることからもわかるように、保育士の養成は容易ではない。これが人材不足を引き起こし、さらには人件費の高騰に拍車をかけている原因だとして、大阪府と市は「一定数の有資格者がいれば、無資格者でも保育に従事できる」ように保育士の配置基準の規制緩和を提言。

 現在でも保育補助員を採用している保育所はある。それは、あくまでも保育士の負担軽減を図るものであり、保育士を代替するものではない。保育補助員を雇ったからといって、保育士数を減らすことはできない。

 大阪府と市の規制改革案は、一定数の有資格者を配置すれば、無資格者で保育士定員を満たすことも可能としている。大阪府と市は、これを“チーム保育”と呼んでいる。一見すると、“チーム保育”は人材不足を解消する改革のように響く。しかし、大阪府と市が提唱する国家戦略特区は、保育の質を著しく低下させる可能性が極めて高いと懸念されているのだ。

「今でさえ、保育士のつなぎ止めは厳しい状況です。本来なら、保育士の待遇改善を進めると同時に保育士の数も増やして負担軽減を図ることで保育士をつなぎとめるのが行政の仕事です。それにもかかわらず、無資格者を登用することで保育士の人件費を抑制するという間違った方向に保育行政が進もうとしています。保育士の配置基準を緩和すれば、保育士の負担は増大し、現場の保育士が混乱することは自明です。間違いなく、保育士の離職者は急増するでしょう。保育士が少なくなれば、保育の質はますます低下します。悲惨な事故が多発する可能性も高まります」(保育業界関係者)

 大阪府と市が一体になって要望してきた国家戦略特区による保育士配置基準の規制緩和策を、安倍政権は受け入れる方向で調整に入った。保育行政の使命は、子供の安心・安全を確保することが第一のはずだ。行政の都合を最優先した改革という美辞麗句で、保育の質を低下させる虚飾の政策が進められようとしている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)

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