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新元号「令和」の典拠・万葉集の一節は「国書中の“漢文”」だった?考案者の知恵と勇気の結晶

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新元号「令和」を発表する菅義偉官房長官(写真:AFP/アフロ)

 新元号は「令和」。

 菅義偉官房長官より発表されたこの年号は、『万葉集』第五巻「梅花歌」三十二首の序文中にある「初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香」を典拠とする。「初春の令月にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す」、すなわち意訳するに「初春のよき月の下に、空気は澄んで風は穏やか、梅はさながら女性が鏡の前で化粧するごとくして、蘭はその身に帯びた香のように薫っている」となろう。

 漢籍からではなく国書からの引用というのは初の試みである。今回は行うまいと思っていたが、新儀が行われた点では非常に驚かされた。ただ、一方でこの序文は漢文によるそれであり、すでに指摘されているが『文選』にある漢の張衡による「帰田賦」の「於是仲春令月、時和氣清」や、東晋の王羲之の書で有名な「蘭亭序」にある「天朗氣清、惠風和暢」など、漢籍の表現を擬したような序文がなされている点に注目したい。さらに、花として大陸で好まれる梅や蘭を用いているあたりにも、その影響を見て取ることができよう。

 すなわち、「国書の中に書かれた漢文」というハイブリッドの典拠であると言える。確かに、漢籍からの引用というのはおおむね出尽くした感もあるし、新たに案出するのは難しい。また、政権周辺から「国書を用いるべき」という話が出ているのは日々報じられたところでもあった。そこで、国書中の漢文という中間を抜いてきたということである。これなら両方から文句が出まい、うまいやり方と言える。

 ちなみに、元号には典拠不明というのも少なからず存在するので、必ず典拠がなければならない、かつ漢籍でなければならないという理由はない。ただ伝統的にそれを行っていたという話で、伝統を重視する立場から言えば今回の新儀は不満ということになるかもしれない。

 しかし、この方式が今後も用いられるとしたら、たとえば『懐風藻』や『菅家文草』などから持ってくるのも可能となる。さらに時代を下っても、漢学者などの書籍の序文から抜いてくることが可能となる。いわば、新たな道を開いたというかたちである。かつ、その新儀を始めるに際して『万葉集』を持ってきたあたりが考案者の優れた点であろう。日本最古の和歌集である『万葉集』を持ってくるというのは異論が出にくいし、また今にしてみればそれしかないとさえ思える。

 画数についても少なく、書きやすい上に常用漢字が用いられている。そして、「令」の字はこれまで年号などで用いられたことがない。また、アルファベットでは「R」で始まるので、これまでの「M」「T」「S」「H」とも重複せずに済む。このあたりの諸条件も問題なくクリアされている。

 新元号によって導かれる新時代、その前に新たな試みがなされたことをまずは寿ぎたい。そして、残念ながら考案者の名前は発表されなかったが、まずはその方に「お疲れ様でした、お見事です」と申し上げ、あえて新儀に打って出たその知恵と勇気を高く評価したく思う。
(文=井戸恵午/ライター)

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