自民党の9条加憲案とは
憲法改正でもっとも大きな争点は9条の問題だ。自民党内では「1、2項を維持したまま自衛隊を明記する」案が有力だ。
1、2項を維持したまま9条の2で自衛隊を明記するだけなら、現状の追認であり、何も変わることはないのだろうか。
伊藤氏は「そうではない」と強く否定する。今まである法律に新しい法律を追加したら新しい法律が優先する、というのが法律のルールだ。9条1項2項をまったく変えなくても、9条の2という、1項2項と相反する内容を記載すれば、1項2項は死文化してしまう。
少しややこしい話である。伊藤氏は、次のようなたとえ話を挙げて説明した。
「ある会社で社員が酔っぱらって失言するのを防止するため、社長が『社員はお酒を飲んではならない』という社訓9条をつくったとする。
しかし、一切飲んではならないとすると社員から不満の声が上がった。そこで、社長は『必要最小限度のアルコール飲料は酒ではない』との解釈を示した。必要最小限度をめぐっては『ビール1杯くらいなら大丈夫?』『チューハイは?』など議論になってしまった。議論を収めるために、新たに『ストレス解消のために必要なアルコール飲料を飲むことを妨げず』という社訓9条の2を設けた。
社訓9条はそのまま。しかし、社訓9条の2を追加したことで『ストレス解消のため』ならウイスキー1本とかビール5本くらい許される、との解釈ができてしまい、結果的にアルコール飲料は制限なく許されることになってしまった」(同)
伊藤氏は、「1、2項を維持したまま自衛隊を明記する」案は上記と同様の問題が起こると指摘する。9条の2は「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」と規定している。これにより、9条が禁止している戦争や武力行使が制限なく許される法律解釈が可能になるという。
憲法問題は私たちの暮らしに直結する重要な問題だ。しかし、実際の議論はとても複雑でわかりにくい。「実際に憲法が変わったら私たちの生活はどう変わるのか、想像してみることが大切だ」と伊藤氏は話す。
自民党はどのように憲法を変えようとしているのか。改憲したら、何が変わるのか。国家緊急権・自衛隊という権力を追加した場合、それに歯止めをかけるブレーキはちゃんと用意されているか。参院選に向けて、これらの議論を注視したい。
(文=林夏子/ライター)
●取材協力/大阪弁護士会
(大阪弁護士会は、自民党9条改正案に対して日本国憲法の基本原理の一つである恒久平和主義を尊重し、日本国憲法の根本にある立憲主義を堅持する立場から、十分かつ慎重な議論が尽くされることを求める意見書を提出した。2019.7.4)
【※1】「憲法改正に関する議論の状況について」(自由民主党憲法改正推進本部)
【※2】「日本国憲法改憲草案Q&A増補版」(自由民主党憲法改正推進本部)
【※3】「安倍改憲、項目が変遷 緊急事態条項不要論(その2止) 被災地「命救えない」(毎日新聞2016.5.3)