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法社会学者・河合幹雄の「法“痴”国家ニッポン」第15回

「恩赦こそが理想の刑罰である」実は日々運用されている「個別恩赦」の有効性と厳罰化

法社会学者・河合幹雄
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いっせいに振られる日の丸。(Getty Imagesより)

各国で実施される、国家慶弔時の恩赦

 政令恩赦は、恩赦法において、「大赦」「減刑」「復権」の3種類からなり、政令によって対象となる罪状と国の慶弔事などに合わせた基準日を決め、該当者すべてに対して一律に実施する、と定められています。

 このような「国家の慶弔時に多くの対象者を一律に救済する」というタイプの恩赦は、いかにも前近代的で、日本だけで行われている特異な制度に見えるかもしれません。しかし実際には、現在も世界各国で広く採用されており、国によっては非常に有効に機能しています。

 たとえば、政情不安定で治安の悪い国においては、刑事政策上の問題となりがちなパンク状態の刑務所人口を一気に減らせる、という大きなメリットがあります。また、国民の間で宗教に対する信仰心や国家元首などへの尊崇の念の強い国では、制度本来の趣旨である犯罪者の更生という面でも効果を期待できます。罪を許されることによって神や国王に感謝し、立ち直る人が一定数出てくるからです。

 逆にいえば、政治・経済が安定していて治安がよく、また宗教や国家元首などの影響力がそこまで強くない国において、このタイプの恩赦はあまり実効性がない。ですから、第二次大戦中までならともかく、現代の日本において、「政令恩赦は時代にそぐわない」と違和感を覚える人が多いのは、当然といえば当然なのです。確かに政令恩赦に関しては、制度の見直しや廃止を議論する余地はあると思います。

日常的に運用されている「個別恩赦」

 しかし、それならば日本において恩赦という制度自体をなくしてしまっていいかといえば、そうではない。先に述べたように、この制度にはもうひとつ、現代においても一定の成果を上げている「個別恩赦」というものがあるからです。

 恩赦法において個別恩赦は、法務省に設置されている中央更生保護審査会が、特定の者について更生の度合いなどを個別に審査した上で行うものとされ、「特赦」「減刑」「刑の執行の免除」「復権」の4種類が定められています。

 そして実は、個別恩赦の一種である常時恩赦は、その名の通り平時から行われているのです。政府の保護統計調査を見ると、毎年20~40人程度が、「刑の執行の免除及び復権」の恩赦を受けています。復権とは、有罪判決によっていったん喪失し、または停止された法的な資格を回復すること。たとえば、公職選挙法違反などで有罪になると選挙権および被選挙権を停止されますが、復権によってそれらを回復できます。メディアでは、恩赦というもの自体が26年ぶりに行われるかのように報じられていますが、それは政令恩赦に限っての話で、実際には恩赦というのは、特別なものでもなんでもない、日常的に運用されているシステムなのです。

「恩赦こそが理想の刑罰である」

 では、そのように日々行われている恩赦に実効性はあるのか。本当に犯罪者の更生につながるのか。このテーマについては、法哲学や犯罪学の世界で議論が重ねられてきました。その中で、20世紀を代表するドイツの法哲学者グスタフ・ラートブルフの述べた、「恩赦こそが理想の刑罰である」という言葉がよく知られています。

 彼はこう主張しました。犯罪者が捕まって刑罰を受ける。刑務所で何年も過ごすうち、中には自らの行いを心から反省する者も出てくる。しかし、刑期はまだ残っている。そのとき、「お前が本当に反省しているのはわかった。だからもう許してやろう」といわれたらどうなるか。多くの者が奮い立ち、真の意味で立ち直ることができるだろう、と。

 この考え方は、仮釈放という制度にも当てはまるものです。仮釈放は刑法28条で、「懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる」と定められています。恩赦と同様、受刑者の更生意欲をかきたてるという点を重要な法的意義としているわけです。

 恩赦や仮釈放に実効性があることは、統計にもはっきりと表れています。たとえば、法務省の2012年の発表によると、出所5年以内に再入所する者の率は、満期釈放者の場合50.8%であるのに対し、仮釈放者の場合には28.9%。仮釈放者の再犯率は、満期釈放者よりはるかに低いのです。

 もちろん、刑期の途中で釈放された者が重大な罪を犯すケースもないわけではありませんし、そうした事件があると、とかく世論は仮釈放をバッシングし、「罪人など一生閉じ込めておけ」となりがちです。しかし、実はそうした事例は全体からいえば非常にレアなケース。国家全体の刑事政策として見た場合、恩赦や仮釈放というシステムは、現実としてうまく機能していると評価すべきでしょう。

個別恩赦は再犯率を抑える“調整弁”

 恩赦や仮釈放で出所した者の再犯率が低い理由は、単純にそれらの制度が受刑者の更生を促すインセンティブになっているから、というだけではありません。考えれば当たり前のことですが、受刑者というのは、刑期が短いほど出所後に社会適応しやすいからです。これも統計的に実証されている、犯罪学上の常識です。

 一方で、これまた世界中でさんざん議論されてきたことですが、刑罰というのは基本的に、重くするほど犯罪の抑止効果が高まります。とすれば、治安を向上させたいなら、刑罰をどんどん重くすればいいように思えますが、実際にそうした処置をとると、むしろ治安は悪化してしまう。なぜなら、先に述べた通り受刑者というのは、矯正施設への入所期間が長いほど社会に適応するのが難しくなり、再犯しやすくなるからです。

 新聞などマスメディアは、「1952年の恩赦で出所した者の再犯率が、出所後1年で2割もあった」とことさら強調して報道していますが、恩赦せずに出所した場合の再犯率が3割以上であることとききちんと比較して報道しなければ、フェアではないでしょう。

 ともかく、刑期の重さと再犯率とに見られるこうした矛盾は、受刑者に身体的苦痛を与える刑罰、たとえばむち打ち刑などを認めていない欧米型の近代刑法においては、“刑罰の重さ”を“刑期の長さ”に置き換えるしかないことによって生じています。治安をよくするために刑罰を重くしたいが、すると必然的に刑期を長くするしかなく、そうすると結果として再犯率が高くなってしまう。わが国の採用する欧米型の近代刑法は、本来的にそういうジレンマを抱えているわけです。

 そして、まさにその矛盾を解消できるのが、恩赦や仮釈放というシステムなのです。まずは法の条文で「この罪を犯すとこんなに長く刑務所に入らなければならないぞ」と脅しておき、実際に裁判でも重い量刑を科す。そうしておきながら、その後の反省の度合いを見て、恩赦や仮釈放でなるべく短期間で釈放してやる。そうした運用をすることによって、犯罪の抑止効果を高めつつ、再犯率を抑えることができる。恩赦や仮釈放という制度は、そういういいとこ取りの運用が可能な、刑罰の理念と現実のバランスを取るための“調整弁”のようなシステムなのです。

河合幹雄

河合幹雄

1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著作に、『日本の殺人』(ちくま新書、2009年)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、2004年)などがある。

Twitter:@gandalfMikio

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