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体育会系男子、経営学修士を取得し、介護業界を変革す!【後編】

介護事業はオワコンではない!群馬の若きMBAホルダーが介護業者を3倍に成長させたワケ

文=宮下公美子/介護ライター
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【前編】のおさらい

 新卒で入社した大手鉄道会社の学閥主義的な体制に失望して1年余りで退職し、同志社大大学院のビジネススクールに進学した八木大輔さん。院生時代、生活費を稼ぐために特別養護老人ホームのケアワーカーとして勤務するなかで、次第に介護業界への関心が募っていく。修士論文では、高齢者介護施設で従業員がロイヤルティ(忠誠心)を持つ要因をテーマに、2000人超の介護職に調査、分析を実施。そして大学院修了後は、その研究結果を実践するべく、「社会福祉法人しんまち元気村」(群馬県高崎市)に入職した。

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八木大輔(やぎ・だいすけ)
社会福祉法人しんまち元気村・法人本部経営計画室室長、株式会社日本ケアストラテジー常務取締役。2006年、同志社大学商学部卒業後、大手鉄道会社に入社。同社を1年で退職後、2007年に同志社大学経営学大学院に入学。2009年、同大学院を修了後、実父が常務理事を務める社会福祉法人しんまち元気村に入社。翌2010年には株式会社日本ケアストラテジーを設立し、特別養護老人ホームや有料老人ホームなどの居住型サービスと、訪問介護やデイサービス、ショートステイなどの在宅サービスとを総合的に運営しながら、コンサル事業などでも精力的に活動している。

「10年後には売り上げを倍に」とプレゼン

 2009年1月に、26歳で「社会福祉法人しんまち元気村」に入職した八木大輔さん。父親である常務理事から求められたのは、職員の質を高め、これからの時代に対応できる強い組織をつくっていくこと。八木さんは、MBAの修士論文の研究のために収集したデータから、「しんまち元気村」の調査結果を抽出、分析し、課題を明確化。対応策を、法人の理事たちに対して中長期事業計画という形でプレゼンした。

 そこで示したのは、10年後には売り上げが倍になっているという計画。ビッグマウスに聞こえても不思議はないが、これで理事たちが納得したのは、それが実現可能だと信じられるだけの裏付けを提示したからだ。

 そして実際、それからわずか9年で、八木さんは拠点数を8から18に、従業員数を60名から270名に、売上高を4億円から15億円(法人グループ全体)にまで拡大する。さらにいえば、役職者を除く一般職員の給与を、年間約316万円から約427万円に100万円あまりも引き上げた(役職者平均は約490万円に)。

 いったいどうやってこれだけの結果を出せたのか? 具体的に見てみよう。

拠点数を増やす事業拡大戦略の目的は

「しんまち元気村」がある群馬県高崎市新町は、広さ3.79平方キロ。2キロ四方にも満たない小さな町だ。八木さんがマーケティングリサーチに基づいて立てた戦略は、この小さな町に自法人のサービス拠点をドミナント戦略【註1】で出店し、町を自法人のサービスで“押さえる”ことだった。

 介護サービスには、入所して利用する居住型サービスと、自宅等で暮らしながら利用する在宅サービスがある。特別養護老人ホーム(特養)や有料老人ホームなどが居住型サービス、訪問介護やデイサービス【註2】、ショートステイ【註3】などが在宅サービスだ。

【註1】ドミナント戦略:コンビニエンスストアなどが行っている、地域を絞った集中出店戦略。地域での認知度が高まることなどにより、他社より優位に立つことを狙う。
【註2】デイサービス:自宅等から通って日中利用する介護サービス。通所介護
【註3】ショートステイ:泊まりで利用する介護サービス。短期入所介護

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特別養護老人ホーム「花みづき寮」にて施設内を説明する八木さん。洗髪用器具があるというのは珍しい。
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特別養護老人ホーム「花みづき寮」食堂の様子。

 八木さんが入職した2009年時点で、「しんまち元気村」が運営していた居住型サービスは特別養護老人ホーム「花みづき寮」ひとつだけ。その他のサービスを合わせても8拠点しかなかった。

 八木さんの分析では、「しんまち元気村」の課題は、「キャリアパス」「給与制度」「施設のハード面」への職員からの評価が低いこと。確かに、八木さんの入職当時すでに開設7年を経ていた施設ひとつでは、昇進するポストも人事異動先も限られており、有効なキャリアパスを示すのは困難だ。拠点数が少なくては、給与を引き上げる原資を増やす手段も乏しい。そこで八木さんは、これらの課題をまとめて解決するため、およそ3年に1カ所ずつ、拠点数を増やす事業拡大の戦略を立てた。

 拠点を増やすことで、拠点間の人事異動による活性化が図れる。役職ポスト増で昇進のボトルネックが解消できる。有効なキャリアパスも示すことができる。さらには、役職ポスト増、事業拡大による収益増によって、職員の給与水準の引き上げも可能になる。

 一般に、企業の事業拡大戦略といえば、掲げる目的は収益アップがほとんどだ。しかし八木さんの第一の目的は、あくまでも“職員のロイヤルティの向上”。人材を定着させ、より強い組織にするための施策を打ちながら、その施策を打つための原資を稼ぐ――。事業拡大は、それを意図し、MBAで学んだ理論をもとに考えたひとつの方策だ。

 そして八木さんは、給与の引き上げ、人事評価制度の刷新、キャリアパスの明示、給食付き無料託児所の整備、男性職員の育児休業取得の義務化など、さまざまな人事施策を打ち出していく。人材への投資が定着率を高め、サービスの質を引き上げる。そして、その結果として収益がアップする。それを、八木さんはデータの分析によって導き出していた。

 だからこそ、収益アップを第一目的としない姿勢を、その後もぶれることなく八木さんは貫いていく。

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経営課題、取り組むべき項目等をパワーポイントでまとめてみせるのは、さすがMBAホルダーといったところか。

“マーケットイン”の出店で結果を出す

 事業拡大のため、八木さんが最初に開設したのは、住宅型有料老人ホーム「花みづき新町駅前」である。

 開設した2011年当時、「しんまち元気村」が運営していた唯一の施設、特養「花みづき寮」には、実人数で200人が入所の順番を待っていた。つまり、確実にこれだけの入所ニーズがあるということである。八木さんはここに目をつけた。

 介護施設は制度上、事業者が自由に開設できるものと、そうできないものとがある。ちなみに、特養は事業者が自由に開設することはできない。そこで八木さんは、特養の代わりに同等のケアが受けられる有料老人ホームを開設。入所を待つ高齢者を呼び込むことにした。その運営のため、「株式会社日本ケアストラテジー」を設立。「しんまち元気村」と併せ、「花みづきグループ」として事業拡大を図ったのである。

 ここまでは、介護業界ではしばしば見られる取り組みだ。しかし八木さんは、他の法人とは異なる出店戦略によって、成果を出す。ニーズに合わせてものをつくる、“マーケットイン”である。

 有料老人ホームなどの介護施設を運営する事業者の多くは、持ち込まれた用地等の情報を吟味し、新規施設の開設を検討する。あるいは、大まかな出店計画エリアを定め、そのエリア内で開設可能な用地等がないか、情報を集め、施設をつくる。いわば、ものをつくってから売り方を考える“プロダクトアウト”の発想である。

「しかし私たちは、“マーケットイン”の発想で、こちらから動きます。運営したいサービスに適した土地がどこかをリサーチし、その土地を買収して、出店します。ニーズがあるところに出店するから、計画通りの収益が上げられるのです」

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2010年に設立された「株式会社日本ケアストラテジー」。

独自の取り組みで他社との差別化を図る

「花みづき新町駅前」を開設したのは、JR新町駅から歩いてすぐの国道の角地だ。しかも、多くの買い物客で賑わう町一番の大型スーパーもすぐ近くにある。交通量が多く、目にとまりやすい場所に出店し、多くの人の目に触れさせる。そんな宣伝効果を計算した出店戦略である。

 介護のスタイルも、他社とは一線を画した。“結果を出す”自立支援介護を前面に打ち出したのだ。要介護高齢者は、年々、心身機能が衰えていく。要介護度は、次第に重くなっていくのが自然な流れだ。そんな要介護者に生活のなかでリハビリを行い、8年間で10人以上の在宅復帰を実現した。なかには、介護4(7段階の要支援・要介護度で、重いほうから2番目)から、1年後、介護保険非該当(自立)まで回復させたケースもある。

 しかも、これだけの結果を、リハビリの専門職ではなく介護職員が引き出してみせた。八木さんは、職員の介護力アップのため、外部研修への参加を促すとともに、2015年から企業内教育制度「花みづきアカデミー」もスタートさせている。そうして介護職のレベルアップを図ることが、サービスの質を高め、結果として集客に結びつくという好循環を生んでいく。

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2法人によって成る「花みずきグループ」では、介護の度合いによって、 デイサービスから特別養護老人ホームまで、多くの施設・事業が運営されている。

集中出店でも法人内で競合しない理由は

 2019年11月現在、「しんまち元気村」と「日本ケアストラテジー」を併せた「花みずきグループ」では、2つの特別養護老人ホームと1つのショートステイ、2つの住宅型有料老人ホーム、4つのデイサービスを運営している。

 特別養護老人ホームは、常駐する介護職のケアを受けながら、人生の最期まで暮らすことができる介護保険の入所施設。一方、住宅型有料老人ホームは、特別養護老人ホームや介護付き老人ホームとは違って介護職が常駐せず、賃貸住宅に近い。外部の介護サービスを利用しながら暮らす施設だ。また、デイサービスは自宅等で暮らす要介護者が、日中通って利用するタイプの介護サービス。食事や入浴、レクリエーション、筋トレなど楽しみながら、半日、あるいは一日を過ごす。

 高崎市新町という狭いエリアに絞って、八木さんは戦略的にこうしたサービスを次々と展開してきた。それでもグループ内で利用者の奪い合いにならなかったのは、拠点ごとに訴求ポイントとターゲットを明確に変えているからだ。

 有料老人ホームでいえば、先述の自立支援型「花みづき新町駅前」にマッチしない高齢者を受け入れるため、2014年には、“長期滞在型”の住宅型有料老人ホーム「休屋(やすみや)」を開設した。こちらは、広い通りから少し入った落ち着いた住宅街にある。入り口にはのれんが掛かり、まるで旅館のような雰囲気だ。

 

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黒塗りの外観にのれんが印象的な住宅型有料老人ホーム「休屋」。玄関の引き戸を開けると正面に帳場風のカウンターがあり、旅館さながらの雰囲気。

 特養も、2003年開設の「花みづき寮」がやや年を経ていることから、2017年に新たな特養「さくら寮」を開設した。こちらは無垢の木をふんだんに使った温かみのあるデザインが特徴で、特養らしからぬ雰囲気が人気を集めている。

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無垢の木が温かみを醸す、2017年開設の特別養護老人ホーム「さくら寮」。次項で紹介するデイサービス「THE GREEN TERRACE(ザ・グリーンテラス)」と隣接する敷地に立つ。

 収益を上げるには、どれだけ稼働率を上げられるかが肝になる。有料老人ホームでいえば、損益分岐点は80~85%といわれ、それ以上であれば経営は安定する。八木さんが手がけた2つの有料老人ホームは、2019年11月現在、どちらも満室だ。

「事業計画から実際の収益が下振れしたことはありません。調査・分析して、そこから導き出した事業計画の裏付けを十分に取ってから実践すれば、見込みと違うことはまずないんです」

 ちなみに人材面でいえば、2009年にはパート職員も含めて約20%だった離職率は、2015年には一度0%となった。その後も4%台で推移しており、介護業界平均の15.4%(2018年度)と比べると、格段に低い。八木さんの打った施策は、法人内外共に確実に効いているのだ。

デイサービス嫌いも来たがるデイサービスとは

 八木さんが、特に明確なターゲットに“刺さる”ことを意識して開設したのが、デイサービス「THE GREEN TERRACE(ザ・グリーンテラス)」だ。通りから見ると、同名のカフェしか目に入らないが、裏手にガラス張りの明るいデイサービスが併設されている。その入り口には、どこを見ても「デイサービス」の文字はない。ここに八木さんの戦略がある。

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若者が行くしゃれたカフェのような軽度要介護者向けのデイサービス「THE GREEN TERRACE」。どこにも「デイサービス」という表示はない。

 デイサービスは要介護になった高齢者が、最初に利用を勧められることが多いサービスだ。しかし、「自分には必要はない」と、行くのを嫌がる高齢者は多い。

「『デイサービスなんて行きたくない』と言うと、介護関係者はすぐに『困難事例だ』と判断してしまいがちです。でも僕らに言わせれば、行きたくなるデイサービスがないだけのこと。だったら、行きたくなるデイサービスをつくればいいじゃないか、と」

 そうして、デイサービス利用を嫌がる高齢者にリサーチしてつくったのが、この「THE GREEN TERRACE」だ。徹底的に、“デイサービス臭”を廃したデイサービスである。

「『デイサービス』という表示をしていないのも、そのためです。昼食は、メニュー表から好きな料理を好きな時間に注文して食べるスタイルに。風呂も、旅館のような大浴場でお湯を掛け流しにし、好きな時間に入れるようにしました」

 設備の視覚的イメージも大切にした。ヨガ教室やミニシアター、カラオケなどで使うこともできるフィットネスルームはガラス張りに。希望者がベッドで横になるための「静養室」は、扉を閉めると個室になるしつらえにし、「BREAK ROOM(ブレイク・ルーム)」と表示した。あん摩マッサージ師によるマッサージを受けられるSPA(リラクゼーションルーム)も用意した。

 それだけではない。介護施設にはつきものの車いす用のトイレを、「THE GREEN TERRACE」にはあえてつくらなかった。

「体や認知機能の障害が比較的軽い方に利用していただくことを想定してつくったからです。このデイサービスでの対応が難しい方は、例えば、リハビリ中心に行っている、うちのデイサービスをご紹介し、リハビリで心身の機能が改善してから『THE GREEN TERRACE』をご利用いただくようお話ししています」

 このデイサービスを気に入った利用者は、他社のデイサービスには行く気になれなくなるのだと、八木さんは言う。

「介護の入り口のところで、うちのサービスに囲い込む。そういう戦略です」

 そうして高崎市新町は、「花みづきグループ」の独壇場となっていく。

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「THE GREEN TERRACE」内部の様子。“デイサービスっぽさ”は微塵もない。

対話を繰り返して自分たちの“チーム”を強くする

 すべて計画通り、順調に事を運んできたように見える八木さんだが、実践の過程では大きな反省点もある。事業計画を示し、それまで一度も実施していなかった人事異動などさまざまな施策を打ち出した際、1年間で10名あまりの職員の退職者を出したことは、今も悔やまれると語る。

「開設以来、異動なしで育ってきた職員から、なぜ定期異動が必要なのかなど、反発があったんです。反発して退職する職員が出ることを予想し、すでに欠員補充のため新卒採用も始めていました。しかし、反発する職員にはもっと丁寧にビジョンの説明をするべきだった。これは大きな反省点です。わかってもらえるまできちんと伝えていれば、辞めずに残ってくれた職員もいたかもしれないと、今は思います」

 大学時代、八木さんは指導者がいない体育会ソフトボール部に在籍していた。指導を受けられない分、どうすれば強くなれるか、常に部員同士で話し合ってきた。

「介護事業も部活と同じで、大切なのは対話です。自分たちの“チーム”を強くするためにどうすればいいか。それをみんなで話し合っていくことが必要です」

 この世の中は、人間関係しかない、と八木さんは言う。

「数字やエビデンスは大事ですが、もっと大事なのは人とのかかわりです。数字や知識だけで取り組んでは、血の通わないものになってしまう。それでは人は動かせません」

 収益アップを第一の目的にしない八木さんの原点は、ここにある。

 この仕事をするようになって、地域の人に見られている、と強く感じるようになった、と八木さんは言う。そして、地域に根ざす企業として、地域に何かを返していくことが必要だと考えるようになった、とも。

「地域社会のなかで、なくてはならない存在になりたい。今はそう思います。ただ必要なサービスを提供するということだけでなく、あそこに就職できてよかった、と思ってもらえるような存在に。地域に貢献していくことが、結局、自分たちに返ってくるのだと気づきました」

 緻密な分析によって隙のない論理を組み立てる一方で、細やかな目配りと丁寧な対話で、組織に、サービスに、血を通わせる。これからも、MBAホルダーの知識と人間力の発揮が、「花みづきグループ」をさらに強い組織に育てていくだろう。

(文=宮下公美子/介護ライター)

宮下公美子

宮下公美子

高齢者介護を中心に、地域づくり、認知症ケア、介護職へのハラスメント等について取材する介護福祉ライター。社会福祉士として認知症を持つ高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士なども務める。著書に『埼玉・和光市の高齢者が介護保険を“卒業”できる理由』『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(いずれもメディカ出版)、共著に『地域包括ケアサクセスガイド』(メディカ出版)、『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)などがある。

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