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吉澤恵理「薬剤師の視点で社会を斬る」

むやみにイソジンでうがいするのは副作用の恐れ大…水で十分、転売は犯罪になる可能性

文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト
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「Getty Images」より

 大阪府・吉村洋文知事が8月4日に記者会見を開き、「うがい薬でうがいすることで、ある意味、コロナに打ち勝てるのではないかと思っています」と発言した。この会見では「イソジンうがい薬」に代表されるポビドンヨード製剤で「8月20日まで、集中的にぜひ『うがい』を励行してもらいたい」と呼びかけた。

 この会見がテレビで放送されると、瞬く間に多くの薬局にイソジンを求める客が押し寄せた。東京都内の薬局に取材すると、会見のわずか1時間後には売り切れたという。

「午後3時くらいから急に『イソジンありますか?』と問い合わせるお客様が増えました。電話もひっきりなしで困惑しています。すぐに売り切れとなり、卸へ発注するも供給が追いつかないとの理由で、入荷は未定です」(都内の薬局)

 処方薬にも「ポビドンヨードうがい薬」があるが、メーカーの出荷調整がかかり、どの薬局にも入荷の見通しがつかない状態となっている。これほどの混乱を巻き起こしたポビドンヨードは、実際に新型コロナウイルスを抑制する効果が期待できるのだろうか。

SARSへの効果

 ポビドンヨードうがい薬は複数の医薬品メーカーで製造されているが、添付文書を見ると共通して「薬効薬理」の項目に細菌、SARSウイルスへの効果が表で示されている。その表には、ポビドンヨード液を15倍希釈し、60秒の作用時間でウイルス不活化率は99.99%と示されている。SARSウイルスは新型コロナウイルスと非常に似た形、性質を持つため、新型コロナウイルスに対しても不活化効果があると考えることができるだろう。

 過去にも、イソジンなどのポビドンヨード製剤による手洗い及びうがいがヒト由来の SARSウイルスの感染防御に有効と示されるとの研究発表があり、大いに期待したいところだが、こういった不活化効果はあくまで“in vitro”試験の結果である。in vitro試験とは、動物個体から組織の断片や細胞などを取り出して行う実験であり、人を被験者として行ったものではない。

感染拡大阻止の期待

 これまで新型コロナウイルスの感染防止のために、石鹸による手洗い、アルコール消毒が推奨されてきたが、それらは皮膚への効果であり、粘膜には使用できない。ポビドンヨードのみがヒト皮膚および粘膜に使用できる消毒剤であり、すでにウイルスを保持した感染者からの感染拡大予防には有効といえるかもしれない。

 会見の中で吉村知事は、ポビドンヨードによる「うがいの励行」を促したいという、3つの対象者条件を挙げた。

・発熱など風邪に似た症状のある方及びその同居家族
・接待を伴う飲食店の従業員
・医療従事者や介護従事者

 これらの条件に当てはまる人は、感染リスクが高い。感染者は自覚症状の有無にかかわらず、その飛沫には多くのウイルスが含まれると考えられる。ポビドンヨードうがい薬は、粘膜表面のウイルスには有効と期待されるため、現在進行形でウイルスを保持する人が使用すれば飛沫に含まれるウイルスは不活化され、周りへ飛散させるウイルスを減少させる可能性があると考えることもできる。

治療効果は期待薄か

 吉村知事の会見を受け、各テレビ局は多くの専門家に見解を求めたが、一様に治療効果は期待が薄いのではないかとの見方を示した。

「このウイルスは唾液の中にいることがわかっているので、そういうものを減らすという意味では、周辺の方々に感染拡大することを防止する可能性はあるかもしれない」(昭和大学医学部・二木芳人客員教授)

「本当に重症化を抑えるのに効くかどうかは、科学的なデータ・根拠を(示してほしい)」(国際医療福祉大学 松本哲哉主任教授)

「(ポビドンヨードは)消毒薬であって直接治療するものではない。常在菌もなくなるので、無闇に使用すべきではない」(昭和大学病院・相良博典院長)

 しかしながら、吉村知事の会見に同席した大阪府立病院機構大阪はびきの医療センターの松山晃文・次世代創薬創生センター長は、会見後にメディアの取材に対して「単なる消毒作用以上の効果があるのではと期待しており、大阪府の協力を得て研究を進めたい」との意向を示している。

 多くの人がポビドンヨードうがい液を買いに走っている現状を受けて、麹町皮膚科形成外科クリニックの苅部淳院長は警鐘を鳴らす。

「ポビドンヨードによるうがいは、常在菌の死滅によるバランス悪化も心配されますので、水うがいで十分です。主成分はヨードなので、頻繁に使用すればヨードの過剰摂取によって、ウォルフ-チャイコフ効果、すなわち甲状腺ホルモン合成が抑制されて、甲状腺機能低下を招きかねません」

 医療ジャーナリスト、薬剤師としての筆者の見解をお伝えするなら、「うがい」そのものに感染拡大防止が期待できる可能性があり、それは水うがいでも十分である。また、ポビドンヨードに含まれるヨウ素により健康被害が起きる可能性もあることを認識していただきたい。

 また、すでにポビドンヨードうがい薬の転売が起きているが、「第三類医薬品」に該当するため、一般の人が許可なく販売すれば薬事法違反となる恐れがある。

 影響力がある吉村知事の発言ではあるが、くれぐれも鵜呑みにせず落ち着いた行動をとってほしい。通常の手洗い、うがいを励行することが新型コロナウイルスの感染防止の基本である。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)

吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト

吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト

1969年12月25日福島県生まれ。1992年東北薬科大学卒業。福島県立医科大学薬理学講座助手、福島県公立岩瀬病院薬剤部、医療法人寿会で病院勤務後、現在は薬物乱用防止の啓蒙活動、心の問題などにも取り組み、コラム執筆のほか、講演、セミナーなども行っている。

吉澤恵理公式ブログ

Instagram:@medical_journalist_erie

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