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浜田和幸「日本人のサバイバルのために」

なぜベトナムはコロナ感染の封じ込めに成功し、飛躍的な経済成長を続けているのか?

文=浜田和幸/国際政治経済学者
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ベトナムの首都ハノイ(「Getty Images」より)

 日本をはじめ世界が新型コロナウイルス(COVID-19)の猛威に戦々恐々とするなか、ベトナムの感染対策や経済的躍進ぶりが注目されている。早い段階での国境封鎖、検査キットの普及、集中的な防疫体制の確立によって感染拡大の押さえ込みに成功。それどころか、独自のワクチン開発にも取り組み、欧米の製薬メーカーとは一線を画す姿勢を堅持している。

 その最大の違いは、人命に対する配慮の程度である。ファイザーやモデルナなど欧米企業はスピード重視のあまり、メッセンジャーRNAと呼ばれる遺伝子改変技術を応用し、動物実験などを経ないまま治験を実施。通常10年前後の開発時間がかかるものを半年程度で切り上げ、「有効性が90%を超えた」と報告。「緊急時」ということで、承認手続きを早め、イギリスでもアメリカでも接種が始まった。しかし、これでは副作用への懸念が払しょくされたとはいいがたい。実際、多くの治験参加者が痛みや睡眠障害を訴えていた。ファイザーのワクチンに至っては治験段階で6人の死者が発生したと報告されているほどだ。

 一方、ベトナムではネズミとサルを使った動物実験を経て、安全性が確認されたナノゲン製のワクチンの治験が、この12月10日からベトナム軍医大学で始まった。ベトナム保健省は人を対象にした治験に入る前には「倫理委員会」において、ワクチンサンプルの評価と承認を得るというプロセスが欠かせないと主張している。

 要は、「スピード」より「安全性」を重視するという方針だ。そのため、最初は数名から始め、72時間後から20名ほどの少数の厳選されたボランティアを対象に治験を重ね、経過を観測しながら、徐々に接種者を増やす計画である。3カ月後を目安に400人程度に治験者を広げていき、結果を見ながら、2022年1月を目標に国内での製造を開始する。要は、国内での感染押さえ込みに成功しているがゆえに、ワクチンの治験に当たっては時間をかけ、副作用などのリスク管理を優先するという考えだ。

 このたび、動物実験での安全性を確認した上で、ついに人を対象にした治験段階に至ったわけだ。極めて順当な手順を踏んでいるといえるだろう。いわば、緩急の絶妙なバランス感覚が働いており、これこそがベトナム流ビジネスの面目躍如たるところに違いない。

アジアでは唯一となるプラス成長

 国際通貨基金(IMF)の予測でも、ベトナムの2020年の経済成長率は2.4%と見られ、アジアでは唯一となるがプラス成長を達成している。アジア地域にとどまらず、世界的に見ても驚異的な成長を遂げる経済であることは間違いない。金融緩和や財政支援策を組み合わせ、内需拡大と輸出促進の両面で大きな成果を挙げているからだ。国内の制度改革を進めつつ、対外的には各種の自由貿易協定に加わることで、その恩恵を最大限に活かそうとしている。

 2020年に調印された「EUベトナム自由貿易協定」は大きな追い風となりつつある。例えば、ベトナムからEU諸国へのエビやコメの輸出は関税が引き下げられた影響で急激に拡大。エビに関しては10月の時点で、昨年と比べ42%も増加した。コロナ禍にありながら、欧米からはベトナムの冷凍エビの需要がうなぎ上りである。日本もベトナムのエビをアメリカに次いで大量に輸入しているが、今後はEU諸国や中国も加わる争奪戦に直面することになるだろう。実際、この10月、日本のベトナムからのエビ輸入量は減少を余儀なくされた。

 ベトナムの輸出全般にいえることだが、2020年の第3四半期以降は10%を超える増加を続けており、貿易量の増加率では世界でも最高レベルを記録。10月の時点で、貿易黒字は187億ドルを突破。外貨準備高も順調に伸びている。コロナ騒動が収まる兆しが見えないなか、このような経済的飛躍を実現しているため、海外の投資家からも高く評価する声が聞かれる。

 実は、その背景には、ベトナムが対外通商面でのインフラ整備に大きな投資を行ってきたことが影響しているようだ。ベトナム国内には335カ所の輸出産業特区が建設されている。国際的な物流に欠かせない港湾や飛行場の整備は国内経済規模と比べてはるかに進んでおり、「世界の製造工場」を目指す意気込みが感じられる。

 国際物流サービス大手のDHLとニューヨーク大学が毎年実施している「世界貿易ロジスティック整備調査」によれば、ベトナムはシンガポール、香港、ベルギー、オランダ、エストニアと並び、世界のトップクラスと評価されている。2019年の時点で、「世界第5位」にランクインしていた。

 輸出品目についても、コメやエビに限らず、衣服や靴など繊維製品や携帯電話などハイテク電子機器の分野においても、ベトナムは中国に迫る勢いで輸出攻勢を展開しているのである。DHLエキスプレス・ベトナムのチョードハリー社長曰く「ベトナムの強みは若い労働力、対外的な貿易協定、社会の安定だ」。これら3要素は「未来の大国」と称されるベトナムの屋台骨に違いない。

日本とベトナムの関係強化

 わが国ではコロナ禍の拡大によって「中国依存過多」というリスクやサプライチェーン問題が急浮上した。そのため、「チャイナ・プラス・ワン」としてベトナムの製造拠点としての重要性が注目されるようになった。日本企業を含め、多くの外国企業が中国からベトナムへの工場の移転に舵を切りつつある。ベトナムからアメリカへの輸出はすでに23%も増加している。特に電子機器の輸出増は顕著で、2019年と比べ26%の増加である。

 トランプ政権下のアメリカが離脱したため日本が中心となって発足させた「TPP11」への加入や欧州との自由貿易協定への加盟等を通じて、ベトナムは国際的なネットワークを最大限に活かしたビジネス展開を図っている。このペースで行けば、国際通貨基金が予測するように、2021年には6.5%の経済成長率の達成も十分可能であろう。

 菅義偉首相も就任後初の海外訪問先にASEANの議長国であるベトナムを選び、日本のASEAN重視をアピールしたのは理にかなったことである。両国間では、ビジネス往来に関しては2週間の隔離を免除するなど、人的交流への緩和策で合意しており、2021年以降には日本からのビジネスパーソンや観光客が再び多数ベトナムを訪問するに違いない。

 ちなみに、菅首相はフック首相らベトナム政府の要人との面談で行政サービスのデジタル化や農林水産業の分野でのグリーン化について協力して取り組むことで意見の一致をみたという。フック首相は「2020年を国家デジタル改革元年」と位置づけ、「2025年までにGDPの20%をデジタル経済分野で生み出す。そのためには労働生産性を7%向上させる。結果として、イノベーションの分野で世界のトップ35の仲間入りを果たす」と説明。実際、11月11日には「デジタルASEANサミット」がハノイで開催された。

富裕層の増加

 ベトナムの工業生産も着実に伸びている。本年11月の最新データを見れば、昨年同月と比べ、実に9.2%の増加を記録していることがわかる。なかでも注目すべきは製造業で11.9%もの増加を達成。次に増加率が顕著なのは水関連と廃棄物処理で5.3%である。その後には4%増の電力事業が続く。他方、鉱山や採石事業は6.2%の減少となっている。

 新たなワクチン開発への期待が高まる製薬業界や電子、コンピュータ、光学関連業界、そして製紙業界もプラス成長を遂げており、経済全体の底堅さを示している。そうした基盤産業の堅調さもあって、ベトナム経済は全体として極めて順調に発展しているといえるだろう。このままで行けば、2026年には富裕層の増加率で中国やインドを抜き、世界最高を達成するともいわれている。

 例えば、ベトナム最大のコングロマリットである「ビングループ」。同グループの傘下にはスーパーマーケット、ショッピングモール、リゾート・不動産開発、病院・学校経営、スマホの製造販売と多様な企業が軒を連ねている。2019年からはベトナム初の国産自動車の製造販売も開始した。

 会長のファム・ブオン氏はベトナム最大の資産家である。そんなブオン会長の経営手腕は折り紙つきで、人口が増え続け、間もなく1億人になる国内市場の先行きを視野に、昨年末には別のスーパーマーケットチェーン大手と合併。その狙いはビジネスを自動車とスマホの製造販売に集中するためと思われる。

 外国製の自動車と比べれば、国産の「ビン・ファスト」は売れているのだが、当初の予想通りには行かず、今年前半の収益は対前年比で6割減となってしまった。とはいえ、強気のブオン会長は高級車「ビン・ファスト・プレジデント」の導入を発表し、巻き返しを図っている。富裕層の増加率では世界最高のスピードを誇っているベトナムである。

シンガポールを追い抜く

 ベトナム政府は2021年の経済成長率6%を達成する目標を掲げている。世界銀行も「ベトナムの来年の経済成長率は6.8%」と予測しており、ベトナム政府の公式目標は控え目といえそうだ。いずれにせよ、コロナ禍を完全に抑え、成長軌道を維持することに主眼を置いているわけで、たくましい限りである。

 シンガポール発展銀行(Development Bank of Singapore)によれば、「2029年までにベトナム経済はシンガポールを追い抜く」とのこと。今後、年率6~6.5%で成長すれば、間違いなくベトナムはシンガポールを凌駕し、アジア太平洋地域の経済的牽引車の役割を果たすことになる。現在、ベトナムの経済規模は2240億ドル。対するシンガポールは3240億ドルである。逆転は十分あり得る。

 格付け会社ムーディーズの市場予測でも、「2021年にアジア太平洋地域の経済を引っ張り、ポスト・コロナ時代をリードするのはベトナムと中国」という。ベトナムへの期待や評価が高い背景には冒頭に紹介したように、スピードもさることながら、安全性を重視する経済産業政策にあると思われる。コロナ対応のワクチンに限らず、農産品に関しても同様で、安心安全なコメや野菜、果樹の生産には定評がある。

 ベトナム産の「ST25」と呼ばれるコメは2019年にフィリピンで開かれた「世界コメ品評会」で世界1の座に輝いた。また、2020年12月にアメリカで開催された「世界コメ貿易展示会」でも第2位に選ばれている。そうした高い評価を得ているベトナムのコメはEU諸国への輸出量が急増中である。関税をゼロにするとのEUベトナム自由貿易協定の効果であろう。

 EUでは年間250万トンのコメの需要があるため、ベトナムにとっては大いに開拓の余地があると受け止められている。ベトナム政府の目標としては、2025年までにEU諸国向けの輸出増加は「コメで65%、砂糖で8%、豚肉で4%、牛肉も4%、木工品は3%」を掲げている。

 ベトナムには日本の企業が3000社近く進出しているが、なかでもイオン・グループはハノイはじめ各地で大規模なショッピングモールを展開し、ベトナムでの存在感を強めている。日本発の「一村一品運動」からヒントを得た「ベトナム地方の特産品販売」が好評である。無農薬の安心安全な食材を提供することで、人気を博しているわけだ。

 日本からの政府開発援助(ODA)の最大の受け入れ国もベトナムである。港湾や空港などのインフラ整備から環境に配慮したクリーンでグリーンな新商品の開発、販売など、多くの分野でベトナムと日本の共同作業が成果を挙げつつある。その意味でも、ポスト・コロナ時代を見据えれば、日本にとってベトナムとの信頼、協力関係を強化することは、ますます重要性を増すに違いない。

 なぜなら、ベトナムがEU諸国をはじめ、アメリカやアジア地域に農作物や魚介類の輸出拡大を図るにしても、その品質保持や保管技術に関しては、日本が指導、協力できる分野がまだまだ多いからだ。海外からの投資も急増するベトナムでは不動産需要も拡大の一途となっている。都市部のオフィスや住居はいうに及ばず、空港、港湾に隣接する輸出産業特区における環境や教育インフラの整備には日本からの支援や協力への期待も大きい。

 ちなみに、ベトナム近海は巨大な天然ガスと石油の宝庫と目されている。日本にとっては中東への資源依存度を減らし、輸入元を多元化する上でも、ベトナムの油田開発へ協力、投資することは検討に値するだろう。すでに中国やインドも虎視眈々と狙いを定めているようだ。環境に配慮した海洋資源開発は日本のお家芸である。まさに日本の出番といえる好機到来にほかならない。2021年に日本とベトナムが経済面での補完協力関係を一層深化させることを期待したい。

(文=浜田和幸/国際政治経済学者)

浜田和幸/国際政治経済学者

浜田和幸/国際政治経済学者

国際政治経済学者。前参議院議員、元総務大臣・外務大臣政務官。2020東京オリンピック招致委員。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士

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