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杉江弘「機長の目」

東京五輪は中止し、選手には世界選手権で頑張ってもらえばよい…よっぽど公平で選手第一

文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長
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国際オリンピック委員会(IOC)公式サイトより

 東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪)を開催するのか、新型コロナウイルス感染防止対策優先で中止するかで、国論が2分化し始めている。直近の世論調査では約6割の国民が中止あるいは延期すべきとの意見だ。

 私はこの問題を考える上で、世界の政治指導者や各界の識者の方々が指摘しない考え方を提起したい。それはコロナ問題があろうとなかろうとオリンピック・パラリンピックは、貧困問題が解決して世界の平和が実現するまで当分は中断し、アスリートたちには毎年のように開催される「世界選手権」でがんばってもらえばよいとの意見である。

時代とともに変遷してきたオリンピックと世界選手権

 最近のオリンピックを見ると、「近代オリンピックの父」と呼ばれるピエール・ド・クーベルタン男爵が唱えたオリンピックの精神「オリンピズム」からはほど遠くなりつつある。クーベルタン男爵は「スポーツを通して心身を向上させ、文化・国籍などさまざまな違いを乗り越え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって、平和でよりよい世界の実現に貢献すること」を理想として掲げていた。

 しかし、世界ではいまだに紛争が絶えず、貧困問題も解決せず、人種や性別の違いによる差別はますます大きくなっている。その原因の一端はトランプ元米大統領の言動にあるが、全体的に格差が拡大するなかで差別が生み出されていると考えられる。今日、オリパラはそれを利用する政治家や利権を求める一部の人たちによって、もはや理想とはかけ離れたものになりつつある。

 開催地の選考にあたっては、どの国も財政難のなかで反対意見も多く、それを政治家たちが強引に誘致してかろうじて4年に一度開催されているのが実情であろう。東京五輪も開催地選考過程で厳しかった終盤に、安倍元首相が放った「原発はアンダーコントロール」という一言によって世界が福島原発事故に向けていた不安を押し切り、決定されたことを忘れてはならない。

 しかし、東京五輪はアメリカのメジャースポーツが開催される秋には開催できず真夏に開催されることになり、多くの種目では新記録は望めず、単にメダル争いの様相になるとみられている。しかし、今さらメダルの数で国威発揚の時代ではあるまい。

 東京五輪を強行しようとしている日本政府の背後にも巨大な利権構造があり、五輪を契機としてインバウンドを増やすという名の下に、羽田空港の都心低空飛行という安全軽視の愚策まで持ち込んだ。また、近年ではIOC(国際オリンピック委員会)委員への票のとりまとめに関する汚職事件の数々が明らかとなり、アメリカのテレビ各局の放映権高額化をめぐる利権の取り合いも激しくなっている。一方、世界選手権は五輪にない種目も含め毎年1回開催されるようになり、記録も重視して季節や場所もアスリートファーストになるように選ばれている。

アスリートには毎年の世界選手権で活躍を

 現在、国内では、東京五輪を中止したり延期したりすると、これまで必死に努力してきたアスリートたちが可哀そうという意見がある。しかし、毎年のように各種目で世界選手権が行われており、そこでメダル争いや世界チャンピオンに挑戦してもらえばよいのではないか。場所や時期もコロナ禍にあっても柔軟に決められていて、良い記録も期待できるだろう。そもそもアスリートにとっては、4年に1度の五輪に体調を合わせていくことは難しく、4年ごとの大会の成績には、年齢やそのときに好調かどうかという運不運に左右される。

 一方、年に一度開催される世界選手権では、アスリートもベストの状態で臨めることができ、五輪よりよほど公平ではないか。奇跡の復活をとげた水泳の池江璃花子選手の発言をめぐりさまざまな意見が出されているが、彼女には世界選手権でがんばってもらえばよいのではないか。ゴルフの松山英樹選手もマスターズという大舞台で優勝したので、「オリンピックでもう一度」という夢を追求することが、本当に一大事であろうか。アマプロ問わず、プレイヤーなら誰しもが、各競技ではどの大会が実力がナンバーワンを決めるのかを知っているが、それは五輪ではないだろう。

 このほどゴルフ世界ランク1位のダスティン・ジョンソン選手が東京五輪欠場となったように、今後主力選手が抜けるようでは五輪の価値もさらに低下するだろう。世界選手権は「世界選手権」「ワールドカップ」「グランプリ」の名称で各地で開催されていて、優勝選手や団体は「世界チャンピオン」と呼ばれる。加えて、世界選手権には五輪にはない競技も多く採用されている。ラグビーもなぜ五輪では7人制で始まったのか。本来15人制の競技なのに参加国拡大のためとはいえ、その魅力は落ちると私個人は思っている。

 このように考えてくると、東京五輪が世界でもっとも暑い都市のひとつである東京で開催されることに何の意味があるのか、年々充実の一歩を遂げる世界選手権で十分ではないのか。私の周りの友人や識者にこのことを話すと、全員が大賛成と言ってくれる。しかしながら、世界の国のリーダーや有識者のなかから同様の意見が出てこないのはどうしたことか。やはり五輪にはそう簡単に中止できない政治的・経済的な利権の構造が背景にあると考えざるを得ないのは悲しいことだ。

 東京五輪には外国人観光客は来ないばかりか、無観客で開催といわれている。総経費も安倍元首相が誘致の際に公約した7340億円から1兆6440億円となり、直近でも会場整備費用が当初の3160億円から延期に伴い730億円の追加となる見通しと発表された。政府は昨年の段階で、延期ではなく中止を決めるべきであった。そうすれば延期による2940億円も必要なかった。これらの経費をコロナ対策に回して、一刻も早くコロナウイルスを押さえ込む責任が政府にはある。

 繰り返しになるが、東京五輪は中止すべきで、アスリートたちには世界選手権やそのほかの国際大会でがんばってもらおうではないか。

(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

杉江弘/航空評論家、元日本航空機長

1946年、愛知県生まれ。1969年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、日本航空に入社。DC-8、B747、エンブラエルE170などに乗務する。首相フライトなど政府要請による特別便の経験も多い。B747の飛行時間では世界一の1万4051(機長として1万2007)時間を記録し、2011年10月の退役までの総飛行時間(全ての機種)は2万1000時間を超える。安全推進部調査役時代には同社の重要な安全運航のポリシーの立案、推進に従事した。現在は航空問題(最近ではLCCの安全性)について解説、啓発活動を行っている。また海外での生活体験を基に日本と外国の文化の違いを解説し、日本と日本人の将来のあるべき姿などにも一石を投じている。日本エッセイスト・クラブ会員。著書多数。近著に『航空運賃の歴史と現況』(戎光祥出版)がある。
Hiroshi Sugie Official Site

Twitter:@CaptainSugie

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