実は、このリンゴの酸化は化学反応を加速する酵素によって、速やかに進行するようになっています。酵素は、pH(水素イオン指数)によって反応の速度が大きく変化します。
リンゴのフェノール化合物を酸化させる酵素の場合、レモンの酸味で酵素を酸性にすると反応の速度が非常にゆっくりになるため、酸化の進行を抑えて褐変を防ぐことができます。
一方、焼きリンゴは褐変した状態で供されるのが普通です。フェノール化合物の酸化反応は高温で特に速やかに進行するため、リンゴを焼くことによって内部まで反応が行き届き、全体が褐変します。
高温での褐変を防ぐには、リンゴ全体を飴でコーティングするなどして、酸化反応に必要な空気(酸素)を遮断することです。そうすると、加熱しても生の色合いを保つことができます。
ハロウィンのリンゴ飴で食中毒に?
季節はちょうどハロウィンでもありますが、ちょっと気になる報告があります。2014年、ハロウィンのアメリカで、キャラメルでコーティングされたリンゴによって食中毒が発生、数十人が感染して7名が死亡するという事件がありました。
米ウィスコンシン大学の研究によると、原因はリンゴ飴そのものではなく、その食べ方にあったようです。リンゴ飴に木製の柄を差し込んだときに、周辺環境に普通に存在する食中毒菌を柄と一緒にリンゴの中に押し込んでしまっていたのです。
これによって、栄養豊富なリンゴ果汁が糖分豊富なキャラメルと混じり合い、さらに、お店が大量につくり置きしたり、お祭り騒ぎでかじりかけのまま歩き回ったりするなど、衛生環境のよくないところで長時間扱われたことなどの悪条件が重なり、食中毒菌の増殖が活発になったものと推察されました。
ただ、菌の増殖には1~2日を要するため、「その場で加工して売っているお店で購入する」「自宅に持ち帰っての保管は避け、その場で食べて、食べ残しは廃棄する」などの対策で、食中毒は簡単に防ぐことができます。そのため、過剰に心配することなく、すっかり日本に定着したハロウィンをリンゴ飴とともに楽しんでいただきたいものです。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 環境安全部製品安全グループ グループリーダー)
【参考資料】
「K. A. Glass, et al: Growth of Listeria monocytogenes within a Caramel-Coated Apple Microenvironment, mBio, 6(5), e01232-15 (2015)」
「化学 2016年 10月号」(化学同人)
『マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-』(共立出版/Harold McGee 著、香西みどり監訳、北山薫、北山雅彦訳)
『食べ物はこうして血となり肉となる~ちょっと意外な体の中の食物動態~』 野菜を食べると体によい。牛肉を食べると力が出る。食べ物を食べるだけで健康に影響を及ぼし気分にまで作用する。なんの変哲もない食べ物になぜそんなことができるのか? そんな不思議に迫るべく食べ物の体内動態をちょっと覗いてみよう。