過労自殺問題から「学ばない」電通…ゼロ目標は、隠れ残業&パワハラ被害者を増やす危険
そのようななかで、会社が熱心にゼロを公言すればするほど、ハラスメントを受けている社員は、「会社がハラスメントゼロを推進しているなか、この程度のハラスメントはクレームしてはいけないのではないか」と考えてしまいがちです。その結果、小さなハラスメントを加害者は自覚がなく継続し、被害者はストレスが積み重なり心身共につらくなっていくという悪循環となってしまいがちです。
報告方法の徹底が必要
私は、一昨年の電通自殺事件は、単なる長時間労働の問題ではないと考えています。ハラスメントを受けても誰にも相談できず、また周囲の人も気づかないか、気づいても“あの程度だから”と様子を見ていた結果も、悲劇につながったと推測します。残念ですが、会社はあまりそれから学んでいないなと感じざるを得ません。
だとすれば、ハラスメント対策は、「何をしてはいけない」という一般的なハラスメント対策研修だけでは不十分です。実際に職場でハラスメント被害者になったときのサポート方法についての情報提供や、職場でハラスメントの現場をみたときの(匿名も可能な)報告方法の徹底が必要なのではないでしょうか。この際に、実際にハラスメントがなかったとしても、報告者が罰せられない、非を負わないという企業文化の徹底こそ、公言されるべきなのではないでしょうか。
繰り返しますが、会社が「ゼロ(を目指すこと)」を公言すると、ゼロ以外が認められなくなります。結果、多くの人、立場の弱い人ほど手をあげられなくなります。最終的に、三六協定違反もハラスメントも過重労働も、隠れて継続される企業文化が形成されます。
今回の電通の同計画は、いずれも実現できれば素晴らしい内容であることは確かです。違法残業が忖度される会社であったからこそ、社員たちが身分の危険を感じることなく、手をあげることのできる制度への着手が求められているのですが、同計画からはそれをあまり感じることはできませんでした。私も、元常務からは「机上の空論」、ご遺族からは「会社を信用できない」という言葉が出てきたことが無理もないと感じます。
悲劇の事件よりすでに2年近くが経とうとしています。この間、会社に何か変化はあったのか、それともなかったのか、世間が知りたいのはそういうことではないでしょうか。電通は確かに実現すれば素晴らしい計画を公開しました。勇気のある行為だと思います。しかし、これはなんの法的拘束力もない、そして社内でのチェック機能しかない計画にすぎないのが残念でなりません。この計画も社会へ向けて発表して終わりになってしまわないかが懸念されます。
もし会社がここに書いていることを本気で実現するつもりであれば、ぜひ四半期ごと、または半年ごとに実際の改善したデータも社内だけでなく社外へも開示してほしいものです。そして、日本の多くの会社のお手本、改革の参考事例となってほしいと思わずにはいられません。
(文=武神健之/医師、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事)