この化学物質は1960年代から、アレルギーを起こす物質として知られていました。昔は動物の皮膚に塗って、その動物をアレルギー状態にする際に使われてきました。ですからアレルギーを引き起こす化学物質であることは、かなり前から知られていたのですが、工業利用が優先されてきました。欧米では厳しい規制基準がありますが、日本ではほぼ野放しになっているのが実情です。
退職を余儀なくされる例も
――化学物質過敏症の具体的な症例を教えてください。
内田 典型的な実例としては、自宅でのウレタンコーティングの剥離作業が原因で、重度の化学物質過敏症を発症した銀行員の女性のケースがあります。剥離されたウレタンコーティングから分解し、気化したイソシアネートを多量に吸い込んだのが原因です。この女性は、作業が行われた日に、たまたま体調を崩して自宅で療養していました。そのために被曝したのです。最初は、頭痛、めまい、下痢、目の充血などが見られました。イソシアネートだけではなく、他の化学物質にも反応するようになり、化学物質が入った食品を制限せざるを得なくなりました。柔軟剤や香水にも体が反応して、銀行窓口での接客業務ができなくなり退職されました。
他の例としては、41歳の男性のケースがあります。自動車のペンキ塗装がこの人の仕事でした。はじめてこの仕事に就いて1週間後に、咳、息切れ、鼻水、変声などの症状が現れました。皮膚にも異常が出て、熱も出ました。塗装作業をはじめるとすぐに症状が現れるのではなく、帰宅後、夜の10時か11時ぐらいから症状が出ます。そして朝になると症状が消えます。その繰り返しでした。日曜日は仕事が休みなので、1週間のうちで月曜日の朝だけは元気でした。レントゲンを撮ると影がありました。イソシアネートによる過敏性肺炎という所見でした。入院して治療した結果、症状はかなり改善しました。その後、塗装の仕事を辞めて、今は元気になられました。
集団で化学物質過敏症を発症した例もあります。浜松市の天竜川の支流の集落でのことです。発泡ウレタン(トンネルのコンクリートと土の間を埋める材料で、イソシアネートが使われている)を入れる工事をしていたところ、その集落に住む住民らが、次々と皮膚炎や鼻水などの症状を訴えたのです。大半の人は工事が終わると症状も消えましたが、2年が過ぎても治らない人が私のクリニックへ来ました。