浜松市も最初は、ウレタンによる中毒症状だろうと判断したようですが、1年もしないうちに大半の人から、症状が消えたので特に大きな問題にはなりませんでした。ところがそれから2年が過ぎて、トンネルの発泡ウレタン補充作業が実施されたのですが、その際、再び同じことが起こりました。そして補充工事が終わり、しばらくするとまた住民たちの症状は消えました。こうした状況からウレタンのイソシアネートによる影響だった可能性が高いのです。
以上の3ケースは、イソシアネートが引き金となった化学物質過敏症の典型的な実例です。
花粉症は化学物質が原因?
――化学物質過敏症と花粉症との関係を教えてください。
内田 花粉症は近年急激に増えています。おそらく人口の40パーセントから50パーセントぐらいを占めるでしょう。こうした状態になると病気というよりも、人間の特徴という様相を帯びてきます。2月、3月になると鼻水が出て、アレルギー性鼻炎になるのが、日本人の特徴ということになります。日本人は、杉花粉のなかで生きてきましたが、戦前は花粉症などはまずありませんでした。杉の香りはすごくいい香りだったわけです。杉でもって癒やされることはたくさんあったはずです。その杉が病気を引き起こしている背景には、何か因子があるはずです。私は化学物質がその引き金になっている可能性が多分にあるのではないかと考えています。
――患者数の推移はどうですか?
内田 米国の診断基準で診断すると、10年前を100%とすれば、今は200%を優に超えていると思います。健康そうに見える人の中にも、検査するとイソシアネートに反応する人がいます。重度になった患者さんのなかには、家から出られない人もおられます。空気が汚染されているからです。
アレルギー疾患が急激に増えてきたのは、第2次世界大戦後です。気管支喘息は、戦前は人口の1%以下で、それほど多い病気ではありませんでした。ところが1980年代、90年代はWHO(世界保健機関)のデータで、日本でも5~10%ぐらい、米国で約10数%、オセアニアで約30%になっています。
――対策はあるのでしょうか?
内田 対策を考える場合、私はアスベストの教訓を思い出します。アスベストの場合、実は1920年代から人体に有害であることがわかっていました。私はアスベストを扱うある企業で産業医をしていたことがあるのですが、社員のレントゲン写真にアスベストの影響が認められるものを何例も経験しました。これらの社員が数十年後に、悪性中皮腫や肺ガンになるかもしれないことはわかっていましたが、こうした認識は一般的にはなかったのです。その後、アスベストは少しずつ規制されるようになり、2000年ぐらいに使用を完全に禁止する方向性が生まれたのです。そして2006年に使用禁止になりました。
本来であれば危険性が明らかになった時点で使用をゼロにしなくてはなりませんが、企業サイドからすれば、それは大きなダメージになります。経済産業省・厚生労働省も、このあたりを配慮して、なかなかアスベスト対策を取らなかったのだと思います。代替品が登場して、はじめて全面禁止にしたのです。
イソシアネートについても、おそらく同じことがいえると思います。代替品ができるまでは、厚生労働省は本気で対策を取らないでしょう。ですから早く代替品を開発しなければなりません。
私たちの身の回りから芳香剤をなくすことぐらいはできるかもしれませんが、イソシアネートは、極めて用途が多岐におよんでいるので、対策が極めて難しいのが実情です。
――田舎への引っ越しは対策になりますか?
内田 化学物質過敏症になって田舎へ引っ越す方もいますが、ほとんど効果はありません。引っ越しても症状はよくなりません。なぜかといえば、化学物質過敏症になると、最初の原因はイソシアネートであっても、複数の化学物質に反応するようになるからです。患者さんのほとんどが多数の化学物質に反応します。スギ、ヒノキ、イネ科植物、食べ物、果物、カビ、それにゴキブリなどの昆虫にも反応します。つまり、都会から田舎に行っても同じです。化学物質は、都会にも田舎にも同じようにあるのです。
(文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者)
【表1】アメリカの専門医・研究者など34名が合意した「コンセンサス1999」。以下6つの条件に合致すれば化学物質過敏症(米国では、多種化学物質過敏状態)の可能性が高い。
・(化学物質の曝露により)再現性を持って現れる症状を有する。
・慢性疾患である。
・微量な物質への曝露に反応を示す。
・原因物質の除去で改善又は治癒する
・関連性のない多種類の化学物質に反応を示す
・症状が多くの器官・臓器にわたっている。
(出典:公害等調整委員会)