となると、父親の帰宅時間が遅いほど、また母親が就業せずに家にいるほど、子どもの学力が高いというのは、父母が家庭に不在かどうかによってもたらされた結果ではなく、世帯年収や保護者の学歴の高さによってもたらされた結果なのではないかと推測される。
その証拠に、社会経済的地位別のデータをみると、父親についても、母親についても、帰宅時間と子どもの学力との関係はほとんどみられなくなる。
父親や母親の言葉の豊かさが大切
ただし、家庭において、子どもの学力に対する影響が父親より母親のほうが大きい可能性については、単身赴任とか帰宅時間ではなく、学歴データから読み取ることができる。つまり、小学6年生でも中学3年生でも、保護者の最終学歴が高いほど子どもの学力が高いという傾向がみられたが、そうした傾向は母親の最終学歴において著しくみられた。
今の小学6年生や中学3年生の子どもたちの親世代だと、高学歴者は父親より母親のほうが少なく、母親のほうが学歴のばらつきが大きいことが影響している可能性もある。だが、一般に女性のほうが他者との心理的距離は小さく、父親より母親のほうが子どもとの心理的距離が近いのが一般的である。
つまり、父親よりも母親のほうが子どもと言葉をかわす頻度が高い。そのことが子どもの学力に対する影響力としてあらわれている可能性がある。
母親の言葉の豊かさが子どもの知的発達に促進的に作用することは、かねてから教育心理学の世界で言われてきたことである。そうした観点からすると、母親が高学歴であることが子どもの言語環境を豊かなものにするため、子どもの知的発達が促される、その結果として子どもの学力が高まる、ということがあるのではないだろうか。
このような関連は、母親のほうが子どもとのコミュニケーションの量が多いことに起因するものであるとするなら、父親であるか母親であるかにかかわらず、保護者自ら読書などを通して語彙力を豊かにすることが、子どもの学力向上につながるといえそうだ。
このことは、前回のテーマであった「家庭の蔵書数と子どもの学力」の関係にも通じるものである。
(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)